拝啓 未来に残らない僕たちへ
ざっとうくじら
プロローグ 青空の下で
今日、僕は選ばれなかった。
それはずっと分かっていたこと。
いつもなら微かに聞こえるはずの水の音が、今日は不思議なほど遠く感じた。
それに気づいた瞬間、僕はようやく“世界に置いていかれた”のだと知った。
数ヶ月か、あるいは1年ほど前にテレビでニュース速報が流れた。それは国会での話し合い、地球から脱出できない人達をどうするかと前から話題となっていたその結論。
《終末選択支援制度(しゅうまつせんたくしえんせいど)》
今や地球は水位が上がり続け、人が住める場所や国として成り立つ領土は減り続け終末へと近付いている。
当初からの決定事項である宇宙へ出るには宇宙飛行と同じくやはり適正がいるため、全員が新たな地球となる場所へ行けるわけがない。
ならば残った人はどうするか。
国会が出した答えは選ばれなかった人達が水位が上がりきった地球でも住める場所、シェルターのようなものを作ると言っていた。
というより、何年から前に作り始めてもう1年で完成とのことだ。
このシェルターの名前は、完全防護都市(人口都市)らしい。他にちゃんとした正式名称もあったけど、長すぎて覚えられなかった。
ここに行ける権利を得た人は土地が完全に沈んだとしてもその中で生きていける整備が整えられているとのこと。
ならば安心して今後の人生も大丈夫だと思えていたのに。
そこに行ける人は地球に残る全ての人ではない。収容人数と今後そこで生きていくにもリソースを割くのに難しい人間は迎えられないと、要約だけどそんな事を言っていた。
その人間を選ぶために、国会は地球に残る人間を選定すると最後に発表した。
これには世間で賛成派と反対派で大いにわかれ、今日こうして結果の通知がくるまで論争が巻き起こっていた。
ニュースや病院内でも聞く人々の会話から僕は耳にして、"自分には関係のないものだ"と達観して過ごしたんだ。
だって奇跡なんてものは最初から信じていなかったし、この身体じゃ無理だって、何度も自分で考えてはそういった結論になる。
例の白い封筒は、まだ机の上にある。開けた瞬間、最初に目に飛び込んできたのは、その短い一文だった。
《あなたは選定外となりました。》
それだけで、僕のこれからが全部決まった。
ジクリッと胸がわずかに痛んだ。
やっぱりそうなんだと諦めていたのに、紙を持つ手に軽く力が入り、シワができた。
これを持ってきた主治医の先生は淡々としていた。「そういうことだから。」と言い、新たな制度の説明は近々しに来ると席を立った。
一緒に居た母さんは、泣いていた。
「ごめんね。ごめんね……!」と謝罪を繰り返しながら僕を抱きしめて震えているのが伝わってくる。
父さんは、それを見て何も言わなかった。
ただ、拳を握りしめて目に浮かべた涙を零さないように精一杯務めていた。
それが昨日のできごと。
昨日までと変わらない天井の模様。窓の外に広がる雲の動き。食事の時間を告げる廊下のアナウンス。それらが遠く感じる。僕だけが、別の世界に取り残されたみたいだった。
生きる場所がない。
朝、主治医の先生が来た。昨日言っていた制度の話をしてくれるらしい。
背筋が伸びた、どこか事務的な人で事実を淡々と昨日と同じように説明していく。
「綾瀬くん、昨日受けとった通知のことですが、これから説明の前に君自身の意見を聞こうと思います。」
僕は小さくうなずいた。が、すぐに首をひねった。机の上に置いたままの封筒が、視界の端で揺れている。
「……どうするか、って……」
言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
「今の制度では対象外となった患者の方々に対して、ある提案をしています。」
そう言って、彼は小さな冊子を取り出した。それは白地に青いラインの入った、パンフレットのようだった。
「『終末選択支援制度』君もこれまで何度か聞いたことあるものでしょう。
それで今回対象外になった人に向けた内容になっています。
やたら長いから、今話したい内容が書かれてるページが……あぁ、ここですね。」
そして指し示す本文に目を向ける。
書かれていたのは非常に無慈悲で受け入れなくてもやってくる未来の選択だった。
_________________________
【対象者について】
以下に該当する方は、本制度に基づく支援措置の対象となります。
・「選定外」として通知を受け取った方
・原則として、継続的な自立生活が困難であると医学的に判断された方
・本人が意思表示可能であり、かつ十分な説明と同意に基づく場合
【選択肢について】
1. 生命維持を継続する場合
- 現在の医療施設または準備された生活支援施設にて、
可能な限りのサポートのもとでの自立支援が行われます。
2. 終末意思支援(安楽死)を選択する場合
- 本人の意思により、専門の医療チームと倫理審査委員の立ち会いのもと、
安全かつ苦痛のない方法で生命活動の終了を支援いたします。
________________________
要は死ぬことを選べる制度ができたらしい。
選ばれなかった僕たちを置いて行くほど無慈悲なものは無いが、勝手に生きていくことも許されないと。
今回の制度を受け、それを望む人も少なくないのだと、先生は言った。
「今すぐ答えを出す必要はありません。ただ、選択肢の一つとして、伝えておく必要があります。」
選ばれなかっただけで、見捨てられたわけじゃない──そう付け加えた彼の言葉は、慰めにもならなかった。
最後に渡されたのは同意書。
死ぬことを選んだのは自分自身であり、それを同意書として残しておかなればならない規約だそう。
「綾瀬くんが、どうしたいのか。それが一番大事です。
何かあれば、いつでも呼んでください。」
そう言って、一通りの業務を終えた彼は静かに病室を出ていった。
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