リサイクルショップ

九戸政景

本文

「はあ……いらないって言われちゃったなあ……」



 夕暮れ時、ランドセルを背負った少年が肩を落としながら歩いていた。その手には綺麗な包装をされた小さな箱があり、その表面には贈るはずだった相手の名前が書かれていた。



「何かとクラスの子にお世話になってるからそのお礼にって思ったんだけど、向こうからしたら先生への点数稼ぎみたいなもので、僕みたいな奴から物なんて貰わないって言われちゃったし、結構ショックだな……これ、本当にどうしよう……」



 小さなプレゼントを手にしながら少年が歩いていたその時、一陣の風が少年の隣を吹き抜けた。その風で少年は目をつぶる。そして目を開けると、その横には『リサイクルショップ』と看板に書かれた一軒の建物があった。



「リサイクルショップ……でも、こんなところにあったかな?」



 見覚えのない店に少年は首をかしげる。そしてそのまま立ち去ろうとしたが、ふと手の中のプレゼントにめをやった。



「……いらないって言われたから、別に僕もいらないかな。それに、これを欲しい人が他にいたらその人のところにいけばいいし」



 少年はプレゼントを軽く握るとそのままリサイクルショップへ向けて歩き始めた。ガラスの自動ドアが開くと、広い店内には多くの品物が並べられており、その品の数々に少年は目を輝かせた。



「わあ、スゴい……」

「おや、可愛らしいお客様だ」

「え……?」



 突然背後から聞こえてきた声に少年は驚きながら振り返る。そこには白いワイシャツに黒のスラックスといった出で立ちのメガネをかけた若い男性が立っていた。



「あなたがこのお店の人……?」

「そうだよ。ここに来たっていう事は、何か売りたいものがあるのかな?」

「あ、はい。これなんですけど……」



 少年がおずおずとプレゼントを見せると、店主はアゴに手を当てながらしげしげと見始めた。そしてメガネのレンズの片方が青く光ると、店主は優しく微笑んだ。



「なるほど、香り付きの消しゴムか。可愛らしい犬の形をしているところを見るに女の子へのプレゼントだったのかな?」

「そうですけど……どうしてわかったんですか?」

「僕のメガネは少々特別でね。今のは透視をして中を見させてもらったんだ。そのプレゼントをここで売ろうとしているところを見るに、プレゼント自体があまり喜ばれなかったようだけど……」



 少年はうつ向く。暗い表情を浮かべるその姿に店主はメガネのレンズの片方を赤く光らせながら小さく息をついてからにこりと笑った。



「とりあえず査定額を教えるよ。この消しゴムの査定額は……」



 店主が口にした金額に少年は目を丸くした。



「そ、それってこの消しゴムの二倍くらいの値段じゃないですか……!?」

「まあそうだろうね。けど、ここは本人が不用品だと思っていたらそれを買い取るところだ。買い取らせてくれるならその金額を出そう。どうかな?」



 少年はうつ向く。しかし、その表情は明るく、すぐに顔を上げた。



「それじゃあお願いします」

「わかりました。それじゃあ買取カウンターでお支払をするね」



 渡した品物の二倍の金額を受け取り、少年は笑顔を浮かべながら店を後にした。その後も少年は数々の品物を手にリサイクルショップを訪れた。100点の答案用紙や粘土細工。そういったものを手に訪れる少年の表情は暗かったが、買い取りが終わる頃にはスッキリとした明るい表情になっていた。そういった日々が続いていたある日、少年はまた暗い表情でリサイクルショップを訪れた。その手には何もなかったが、店主は何かを察した様子で声をかけた。



「いらっしゃいませ。今日も買い取りの依頼かな?」

「はい……ここ、不用品だと思ったものならなんでも買い取ってくれるんですよね……?」

「ああ」



 少年は涙で濡れた顔を上げた。



「“僕自身”を買い取ってください……!」

「やはりか……」

「僕には少し2歳下の妹がいるんですが、両親は妹ばかり可愛がるんです。僕がどんなにいい成績を取ってもそんなに高くない点数を取ってきた妹ばかり褒めるし、妹がかんしゃくを起こして何かをしでかしても僕のせいばかりにする……あの家にとって僕は不要でしかない。だから、お願いします。僕を買い取って、その代金をあの人達に渡してください。どうせ僕が持っていても使い道はないので」



 少年の暗い目に店主は深く息をつく。



「……人間は、どこまでも愚かだな」

「え?」

「君の事じゃないさ。とにかく君を買い取る件は承知した。さて、その査定額だけど……」



 店主の赤いレンズに見られながら少年は静かに待った。そしてレンズの色が戻ると、店主は静かに笑った。



「やはりこのくらいの額にはなるな」

「ど、どうでしたか……?」

「強いて言えば、七桁はくだらないかな」



 その返答に少年は驚く。



「ぼ、僕にそんなに価値があるんですか……!?」

「あるよ。君はまだ若く、あらゆる未来がある。そしてその価値はこれからも上がるかもしれないし、逆に下がるかもしれない。それは君次第なんだ」

「僕次第……そっか、僕にはそれだけの価値があるんだ……」



 少年は嬉しそうに呟く。その姿に店主は笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。



「人の出会いは一期一会。どんな出会いにも意味があり、その縁に感謝すべきだというのにこの子の家族は実に愚かだな。そんなだからこの子のように素晴らしい子の価値もわからずに失くしてしまう事になるのだ」



 低く、厳かな声で店主が呟いていたその時、リサイクルショップに若い男女が入ってきた。



「おや、いらっしゃいませ。お二人がお求めになっていた子供はいまちょうど入荷したところでしたよ」

「求めていたって……」



 驚く少年を見ながら店主はその手を握る。



「ここは不用品を買い取るだけじゃなく、必要な人には販売しているからね。こちらのご夫妻はお子さんが望めない中でも子供が欲しいと仰られていて、中々ない事ではあるけれどもしもそういう事があればすぐに連絡をすると約束していたんだ」

「それじゃあ買い取られた僕はこの人達のところに……」

「基本的にはそうなるけど、そこは双方の相性があるからね。さて、君はお二人をどう思うかな?」



 少年と若い夫婦はお互いに見つめあった。しかしそこには嫌悪感などはなく、少年と若い夫婦は笑い合うとどちらともなく握手をした。



「色々慣れない事ばかりで迷惑をかけちゃう事もあると思いますけど、これからよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。自分を買い取りに出すという事はそれだけの事があったんだろうし、君に同じような悲しみを感じさせないように俺達も頑張るよ」

「あなたを私達の子供として迎え入れられる事がとても嬉しいわ。いっぱい楽しい事がある毎日になるように頑張っていきましょう、これからは家族三人で」



 新たに家族になった三人は笑いあった。その姿を店主は微笑ましく見た後、カウンターからアタッシュケースを取り出してそれを三人に渡した。



「それでは、これを。お代は大丈夫ですし、この子の買い取り金額がこの中に入っているのでこれからの生活費にでもしてください」

「え、でもそれじゃあ商売にならないんじゃ……」



 少年が不安がる中、店主は笑顔で頭を撫でた。



「いいんだよ。そばにいる人の価値もわからないような人間にはあまりにも大金過ぎるし、しっかりとした家族愛を見せてもらった事で代金はもう貰ったようなものだから」

「お兄さん……」

「ここを出たら、僕や君達以外は最初から君達が家族だったように認識するようになるし、色々な書類なんかも書き変わる。これからの人生で君がここをまた訪れる事になるかはわからないけれど、僕は君の人生がより価値のある物になるように祈っているよ」



 少年は大きく頷くと、新たな家族と一緒に幸せそうな様子で店を出ていった。店主はその姿を見送ると、店内をゆっくりと見回した。



「あの香りつき消しゴムや100点の答案用紙、手作りの粘土細工。そういったものだって必要としている人はいて、それがあるからこそ幸せになれる人もいる。言うなれば、ここは他人の幸せを買い取って、それを他人の幸せとして販売しているところって感じだな。もっとも、よくも悪くも幸せな人間には来られるところでないし、彼の元家族は彼を失った事で結果的に不幸になるだろうけど、そんなの知ったことではないな。何を失ったかも忘れたままでいるのがお似合いだ」



 店主は静かに笑う。その目は妖しく輝いており、漂わせる雰囲気は見る者を震え上がらせる程に不気味だった。そして店主が再び作業に移ろうとしたその時、自動ドアが開いて一人の人物が店内へと入ってきた。



「いらっしゃいませ」



 店主は笑みを浮かべる。新たな客の手の中の不要になった幸せを見ながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リサイクルショップ 九戸政景 @2012712

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ