第7話 大須今昔物語

 最後に、私は石橋くんを大須に誘った。

「大須? なんでまた、あんな寂れたとこに行きたいんだがや。今はもう、閑古鳥が鳴いとるだけだぞ」

「いいから、いいから。私が見たいんだから」

「……そんなところに行かんでも、もっとええところがあると思うぞ」

 それでもと言って押し通し、しぶしぶといった様子の彼に連れられて訪れた大須商店街は、シャッターが下りた店が目立つ、静かで、どこか寂しげなアーケードだった。風が吹くと、閉まったシャッターがガタガタと悲しい音を立てる。

「がっかりしたか? 昔は、そりゃあすごい人だかりだったんだがな」

 彼は、シャッターの下りた玩具店の前で足を止めた。

「あそこのおもちゃ屋で、初めてプラモデルを買ってもらったんだわ。親父に教えてもらいながら、夢中で作った」

 そして、その先の角を指差す。

「あの角の団子屋は、親父が好きでな。仕事帰りに、よく買ってきてくれたんだわ」

 彼のモノづくりへの愛情の痕跡は、この寂れた街のあちこちに、今もまだ息づいている。


 私たちは、アーケードの隅でひっそりと営業している純喫茶に入ると、赤いベルベットの椅子に座った。目の前の彼は、この寂れたアーケードと同じ顔をしていた。

 そんな顔をしないで。レコード店で、私に教えてくれたよね。時代が変わっても、魂は残るって。

 ――今度は、私が石橋くんに伝える番だ。

 目の前の彼に伝えたかったこと、私は必死で語りかけた。

「未来の大須はね、すごいんだよ。電気屋さんがいっぱいできて、パソコンとか、ゲームとか、そういうのであふれるの。それから、海外の珍しい食べ物のお店とか、古着屋さんとか、メイドさんがいるカフェとか。世界中のコスプレイヤーが集まるような、お祭りまであるんだよ。……とにかく、ありとあらゆるものがごちゃ混ぜになって、週末は歩けないくらい人がいっぱいいる、最高にカオスな街になるんだから!」

 私の言葉を、石橋くんは驚くというより、何かを噛みしめるように、じっと聞いていた。彼の瞳の奥に、ほんの少し、光が宿ったように見えた。

「ほうか。この大須が、そんな風になるんか……」

 彼はカップを置き、窓の外の寂しいアーケードを見つめた。何を思っていたのかは分からない。しばらくして再びカップを手に取った彼に、私はさらに続けた。

「そりゃあ、時代の流れで、なくなるものもあるよ。寂れてしまって、ダメになったものもあるよ。だけどね、石橋くん。時代を経て、まったく違った形で、蘇ることもあるんだよ! 大事なのは、芯の部分だけ忘れないこと! そこさえ残っていれば、形を変えて、また花が咲く時が来るんだから!」


 私は、大須商店街のことだけを言ったのではない。モノづくりの夢を一度諦め、言葉の世界に新しい道を見出そうとしている、彼自身のことをも言っているのだと、きっと気づいたはずだ。


 彼は、何かを振り払うように一度目を伏せ、そして、ゆっくりと顔を上げた。

「綾菜」

 いつにも増して、強く、名前が呼ばれ、鼓動が跳ねた。爛々と輝く、彼の瞳の中、私は閉じ込められてしまう。

「あんたが聞かせたかったのは、この物語だったんだな。あんたの声、確かに俺の胸に響いたわ」


 息が止まりそうだった。私の声が……物語が、石橋くんの心に届いたんだ!


 彼は伝票を持って、すっくと立ち上がった。

「行くぞ」

「え、どこへ?」

「決まっとるがね。あんたが俺にしてくれたみたいに、俺もあんたに、物語の続きを見せてやる」

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