よく喋る車掌さん

@mustardflower

第1話 ある夜、Xへの投稿

私、〇〇県から県境三つ越えて、××県の大学に通ってる大学生です。それでも、電車は1本で乗り換え要らずのが走ってるので、それを使えば1時間ちょい、乗りっぱなし、座りっぱなしです。終電の時以外は、いつもそれ使って、3年、なんとか下宿せずにきています。


3年も通うと、通学時間はほぼ睡眠時間になっちゃってて、いつも駅名を告げる車掌さんの声で飛び起きる、みたいな感じになってたんですよね。たまに寝れない日があって、その時はスマホ見るか、ぼんやり車掌さんの声を聞きながら窓の外を眺めるか、みたいな時もありましたけど。


その中で1回、寝たくても寝れないって時があって。車掌さんがずーっと喋ってるんですよ。若くてハキハキした声の、聞き取りやすいアナウンスをする車掌さんが、電車が駅を出てから次の駅に着くまでずっと。聞いたことのある声だから、なおさら寝れなくて。


普通、車掌さんって、駅に着く少し前に「まもなくどこどこです」って言って、駅に着いたら「どこどこです、ドアが開きます」「どこどこ行き発車します、ドアが閉まります」、駅を出たら「ご乗車ありがとうございます、この列車は急行どこどこ行きです。次はどこどこに止まります。」で一旦終わるじゃないですか。


その時の車掌さん、駅と駅の間でずっと喋ってたんですよ。夏の雨の日で、ちょうど朝の通勤時間っていうのもあるのかな、「お仕事の皆さん、朝早くから夜遅くまで、毎日本当にお疲れ様です」「暑くなってきたので、熱中症に気をつけてください」「水分補給にはスポーツドリンクは力不足だそうですよ」


「本日は雨ですので、お足元と、傘などのお忘れ物と、お洗濯物にはお気をつけください」とかなんとか、乗客に話しかけるような感じで。最初は、「寝させてほしいな…」って思ってましたけど、だんだん「マイク越しで反応が見えるわけでもないのに、よくこんなに喋れるなあ」って感心しちゃったりして。


まあ結局、その車掌さんと一つ目の県境を越えた後、大きな駅で他の車掌さんと交代したんで、そんな何十分も喋り通しだったってわけでもないんですけど。それでも15分ぐらい喋ってたんじゃないかなあ。そういえばその車掌さん、散々喋った割には、お別れとか言わずにあっさり交代してた気がします。


で、交代した後の車掌さんは、若い女の人で。その人は普通に、駅の間では喋らないタイプの人でした。たぶん、それから10分ぐらいして私が寝落ちして、その車掌さんの声でいつも通り飛び起きて、大学の最寄りに降りました。その時もよく喋る車掌さんのことは覚えていたけど、声は曖昧になってました。


ここから本題なんですけど。昨日私、大学で課題やってる途中に寝落ちして、気づいたら終電にギリギリ間に合うかどうかっていう状態になったんです。ダッシュで駅に飛び込んで、電車がホームに入ってきたとこだったので、駆け込んだんですけど。私が席に座ったらちょうど、「夜分遅くまでお疲れ様でした。」


っていうアナウンスが入ったんです。「あ、今日丁寧な人だ」と思って、軽く会釈しました。そしたらドアがすぐ閉まって。今考えたら「ドアが閉まります」ってアナウンスがなかったんですよね。で、電車が発車しました。するとまたアナウンスが入り始めました。「ほんと、夜分遅くまで課題、お疲れ様です。」


「今日の夜ご飯はなんでしょうね。楽しみですね。」「大学での勉強は自主性に任されるから自由で楽しいですよね」え、って思いました。学生に向けて言ってる?他の人は?「なんの勉強されてるんですか?」「ご実家は駅からどのくらいなんですか?」誰に聞いてるの「お父さん、お元気ですか?」私は叫びました。


私の父は、私が生まれる前に、亡くなりました。鉄道が好きで、車掌になって、不規則な生活の中、久々に家に帰ってきたら母のお腹の中の、私にたくさん話しかけていたそうです。あんたに胎内記憶が残ってれば、一番よく覚えてるのはあの人の声だろうね、と母が寂しく笑うほど。


父が亡くなったのは、私が通学に使っている線でした。駅から特急列車に飛び込む人を止めようとして一緒に線路に落ちて、はねられて、即死でした。助けようとした相手も、亡くなったそうです。


お父さんが迎えに来たんだ、と思いました。娘の私が毎日毎日自分の死んだ場所を通っていることに気がついて、自分が車掌をやってる列車に乗せて、私を連れて行こうとしてる。ひどい。私はまだ生きていたいのに。お父さんはずっと私に話しかけ続けています。電車は全然、駅に着きません。外は真っ暗です。


日付はとっくに変わりました、今も私、電車なんです。ここはどこですか。この列車はどこ行きなんですか。誰か、私と同じ列車に乗っている人はいませんか。もうマイク越しのアナウンスじゃないんです。直接聞こえるんです。さっきドアを開ける音がしました。生の声なんです。視線を感じるんです。


2人がけの席の後ろから、肩に息がかかってるんですこの画面を覗き込まれてるんですどうしても振り向きたくないんです席を立つのが怖いんです声が出ないんです

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