第16話 唯一の見舞客

 袴田は続けて甲府警察署から徒歩10分ほどの場所にある石川千紗の母親が入院していた甲府中央総合病院を訪ねた。警察と告げると応接室に通され、対応してくれた看護主任は宮島早苗みやじまさなえといった。黒髪のショートカットでややふくよかで、豊富な実践経験からくる安心感をまとっている。


 石川の母は名は美代子みよこ、享年48と宮島は話した。娘が死去したことはすでに伝えてある。身寄りのない患者の遺体の処置は自治体に委ねられるが、病院にとって迷惑な患者のはずも事情が事情だからか不満めいたものは漏らさなかった。


「頻繁に面会にいらしてましたし、お母さん想いの娘さんといった印象でした。人見知りなところはありましたけど悪い印象はありません」

 石川千紗の印象を宮島はこう語った。他の意見と似通ったもので、恨まれる人間ではないとの感想は大人しい性格によるものだ。


「プライベートなことは私からは聞きませんし石川さん、娘さんの方ですが石川さんの方からも話しませんでしたから詳しくはわかりません。たしかハピネスタウンで働いているという話でした」


「ハピネスタウンには行かれます?」

 宮島の言い慣れた具合から「ハピネスタウン」に対する親しみを感じた。


「行く人はそれこそ週に何度も行くようですけど、私は2、3か月に一遍という程度です。普段の買い物は近所のスーパーで事足りますので」

 地域の買い物事情を交えて答えた。


「石川さんは仕事について何か話していました?」


「ハピネスタウンで働いているということだけで、細かいことまでは聞いていません」

 西山ビルサービスのアルバイト従業員の佐伯も石川は自分のことはあまり話すタイプではなかったと言っていた。心を開かないのと胸の内を明かさないのは内向的な性格に見られる特徴だ。


「石川千紗さんは何らかの事件に巻き込まれたものと見られます。何か心当たりのようなものはありますか」

 

 袴田の問いに宮島は「プライベートなことは本当にわかりません」と戸惑いの表情で首を振った。親しいとはいえない人間が込み入った事情など知るはずもない。


「ハピネスタウンで石川さんと遭遇したことはありました?」


「いえ」とまた首を振った。看護師が入院患者の娘と他所で鉢合わせしても対応に困るだろう。人見知りの石川ならなおのこと。


「石川さんには頼れる身内の方はいらっしゃらなかったようですが」


「たしかに、そういった方の存在は記憶にありません」


「とういうことは誰かがお見舞いに来ることもなかったんでしょうか」

 何気ない袴田の問いに、宮島は「そうですね」と流してから表情がはっと変化した。

「そういえば、一人お見えになったことがありました。半年ぐらい前だったと思います」


「どなたですか?」


「だいぶ前のことですから、はっきりと覚えているわけではないんですが、男性で、お母さんと同じか少し若いぐらいだったように記憶しています」


「40代後半ぐらいの男性ということですか?」


「そうだと思います。ただマスクをされていたので顔ははっきり見えませんでした」

 世間では大分コロナは落ち着いたが、病院内ではマスクの着用が義務で宮島も着用している。袴田も到着時に受付で指摘され、慌てて売店で購入した。


「その方について他に何か覚えていることはありますか?」


「身長が高くて、185センチぐらいあったんじゃないでしょうか。あと色黒だった印象があります」


「一人で来られたんですか?」


「お一人だったと記憶しています」


「その時の様子は、何か変わったことはありませんでしたか?」


「特にはなかったと思います。ただ石川さんへの面会は珍しいというか他の方が見えた記憶はありませんから、面会自体が変わったものだったと言えるかもしれません」

 娘同様母親も社交的な人間ではなかったようだ。


「その人が来たのは一度だけですか」


「私の記憶では一度だけです」


「石川さんとの関係とか、その方の職業なんかは分かりませんか」


「千紗さんも親しそうにしていたので親しい人なのかなとは思いましたけど。面会の方には面会票にご本人のお名前と面会先を記入していただいていますが、すぐに処分してしまいますので」


 見舞客がいない中唯一訪れた40代後半ぐらいの長身色黒の男。事件と直接のつながりは見えないが袴田はこの面会者を記憶に留めた。

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