第11話 わたしは持ってる女の子

 壁の向こうからは音楽と歓声が、傍らからは特典会の騒めきが聞こえる。

「どう思う?」

 人目の届かないロビーの端で、袴田の問いに田之上は首をひねった。「実際に被害者がアイサマにいたようですが、それが事件に関係しているのか。この事件はアイサマありきなんでしょうかね」

 被害者はIDOL SUMMER STAGEを訪れて日野ゆいかの特典会に参加し、その後殺害された。トラブルが起きたのはイベント前か、最中か、終了後か。会場内でのトラブルは報告されおらず、イベント以前に端を発した事件である可能性も否定できない。


「アイサマの会場に行くよう指示された線はあり得る。たまたま日時が重なっただけであくまでも目的は会場のTOYOSUmeet。現場近くに呼び出すのが狙い」


「初めからあの公園で殺す計画だったってことですか?」


「あそこに目をつけていて、人影が途絶える日曜の夜を狙っておびき出した。それがたまたまアイサマの日だった」


「そうすると土地勘のある人間ということになりますが、被害者は殺されると知らずにのこのこ出かけて行ったってことになりますね」


「そのカモフラージュにアイサマが役立ったという見方ができる。アイドルイベントに誘われたら少なからず興味を持つじゃないか、あの年代なら」


「チケットをプレゼントしたら行くかもしれませんね。『一緒に行こう』と誘っておいて、急に『行けなくなった』とドタキャンして一人で行かせる。ライブ後に呼び出して殺害した。自分の顔は人に見られずにすみます」


「そういう想定が成り立つ。やり取りは口頭かスマホか」

 現場に被害者のスマートフォンはのこされていなかった。証拠を残さないよう持ち去ったとも考えられる。


「被害者が日野ゆいかの特典会に参加したのはどういう理由でしょうか。それも指示ですか?」


「その辺ははっきりしないが、犯人が日野ゆいかのファンだと話していたか。実際にファンならSNSから身元が割れる可能性があるから嘘だろうが、会場へおびき寄せる口実の一つとしてそのように話した。それで被害者は気になって特典会に参加してみたと。可能性の一つに過ぎないが」


「犯人にしてみれば人目に付くことはしないでほしいでしょうが」


「特典会への参加は被害者の自主的なもので、実際に会場で見て興味をもった線もある」


「日野ゆいかは、被害者はよそよそしい感じだったという感想を話していましたが」


「あくまでも彼女の主観に過ぎない。他のファンと挙動が違って冷めた印象を受けたのは、実際興味がなかったという線もあるが、特典会に不慣れゆえの警戒心から、あるいは本人の性格が原因とも考えられる。元々大人しいタイプに見えるから、日野ゆいかのファンだった可能性は消さない方がいい。まだ何かを判断するには材料に乏しい」


 客席とロビーを行き来しつつ聞き込みを行い、何人かの日野ゆいかのファンにも当たってみたものの目撃情報は上がらなかった。

 日野ゆいかの特典会列で被害者の後ろに並び、『最後尾』のプラカードを受け取った相手がいるはずもそれも見つからなかった。被害者を記憶していたファンは、特典会の勝手がわからずに戸惑う姿が目についたからで、事後のプラカードの受け渡しなら印象に残らなくても仕方がない。


 日野が話していたように特典会の列に並ぶファンはどんなポーズで撮影するか、何を話すかに夢中で周囲のことなど気にしていない。アイサマにいたファンが全てこの日も来ているわけでもない。


 朝から立ちっぱなしで疲れた頭で思案していた袴田の耳を大歓声がつんざいた。客席に入ると、イベントのトリを飾るグループのオープニング映像がステージの大型ビジョンに流れている。いつの間にか客席は人があふれてペンライトで染まり、全員がこのグループを見に来たような、それまでのグループの比ではない怒号にも似た歓声が客席に溢れている。メンバーがステージに登場してイントロが流れるとさらにボルテージが上昇した。


 アイサマでもトリを務めたグループ。見逃し配信をチェックしていた際、初めて耳にする曲ばかり中、唯一知っていた曲がこの『わたしは持ってる女の子』だった。グループ名は知らずとも、どこかからともなく流れて来て何度も耳にしていた。歌っているのがこの曲でブレイク中の5人組アイドルグループ『MELTY CHEEK』だった。


『1月は初詣でおみくじ引くの 右手で引いても左手でも 目をつぶってもゼッタイ大吉 わたしはもってる女の子

2月はバレンタインで告白するの 一夜漬けのショコラティエールでも スペシャルトリュフでイチコロ わたしはもってる女の子

3月は卒業式でティアラをするの 2時間早く目覚ましかけてヘアメに行って 誰より似合うお姫様 わたしはもってる女の子』


 客席で盛んに繰り返されるのは腹に響く男性的なコールだが、ペンライトを振っているのは女性も多い。女性ファンは興奮よりもひたすらステージに羨望の眼差しを向けていて、それまで出演していたグループとは似て非なる、まるで展示会に飾られたアイドルグループの最新モデルのよう。


 野球にせよサッカーにせよスポーツ観戦は応援歌を歌ったり声を揃えて声援を送るのも楽しみで、アイドルライブはそれとライブ鑑賞のミックスといえる。それもかわいい衣装を着たかわいい女の子たち振り付きで歌うのだから見ていて楽しくないわけがなく、様々な娯楽のオイシイとこ取りをしたのがアイドルと言えるかもしれない。

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