第5話 ダンス動画
その動画は「#ななクラ」とついたななつぼしクラブのライブ映像だった。他の投稿と比べてステージが小さく、客席後方から撮影したものと分かる。10秒ほどライブが流れたのちカメラがパーンし、曲に合わせて踊る男が映し出された。
身長はそこそこでもスポーツとは縁のない生活を送ってきたと思われる華奢な身体。ステージ上の振り付けを真似てはいても、テンポが遅れているうえ動きも一々大袈裟でわざとらしい。動画からは撮影者とおぼしき笑い声が聞こえて来た。踊る男が着たTシャツは別グループのもので、その出番まで時間つぶしのおふざけをしているようだ。顔を歪ませた熱唱するフリには悪意すら感じられ、このグループのファンが見たら怒り出しそうだが、いままさに熱心にステージを見上げている最中。
踊る男の肘がすぐ後ろに立つ女性の肩口に当たった。男はちょこんと頭を下げただけで気にせず踊り続けている。女性はとっさに男に視線を向けたが、カメラで撮影されているのに気づいて視線を逸らすようにステージに向き直った。そのわずか数秒の出来事が動画に記録されていた。
女性の年齢は二十歳前後で、化粧っ気がなく、前髪がかかった眉毛にも手が加えられていない様子。やや目尻の下がった奥二重に幼さを残し、鼻筋のなさが顔全体に平面的な印象を抱かせる。発見された遺体と同じ肩までの黒髪に花柄のワンピース。断定はできないが被害者である可能性が高い。
そしてこのわずかな映像からいくつかの情報がもたらされた。
撮影OKでもこの女性はスマートフォンを構えていなかった。この年代でスマホ不所持は考えづらく、彼女の目当てはななつぼしクラブではないという結論が出される。オールスタンディングながら客席後方にいたこともそれを裏付け、この後出演する6組のいずれかのファンと推定される。
肩にかかった細いベルトはポーチのような小ぶりのバッグのもの。遺体からはなくなっていたから犯人が持ち去ったのだろう。物取りの可能性も残されるが、大金を所持しているようには見えない。泊まり支度がなければ都内周辺在住となるが、着替えを入れたバッグをコインロッカーに預けて来たとも考えられる。
カメラに気づいてすぐに視線を逸らしたのは、何かやましさがあるからではなく、単に動画に映り込むことへの抵抗に見える。
連れは確認できなかった。映っていないことも否定はできないが、雰囲気から一人で来場したように見える。とするとやはりイベント後に何らかのトラブルに巻き込まれたのではないか。
ぬか喜びは禁物ながら被害者である可能性が高く、ようやく捜査に光明が差した。翌日袴田が捜査本部に映像を持ち込むと、耳の形が損傷のなかった遺体の耳と一致し、ワンピースも同一の物と確認が取れ、動画に移っている人物が被害者であると判断された。
しかしいまだに情報が寄せられていなかった。年齢的に学校か職場に通っているはずで欠席が続けば心配して警察にとどけそうなものだが、それらしきものはなかった。
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