心理テスト・性格診断について考える。~なぜ人はMBTIを信じるのか~

太田道灌

第1話 MBTIが人々に信じられる理由

「俺ってさ~ENFJなんだよね~」

ワー。すごーい。


クラスの陽キャ的立ち位置の颯太が大声で喋ると,

まるで鯉のエサやりかのように人が群れる。


彼が見せびらかすスマホにはMBTIの診断結果,「ENFJ」の文字と「主人公」という文字。


この一週間,クラス内でMBTIについての話題は十七例目。


流石にもう辛抱ならなかった。


「あのさ,」


「うわっ何だよ」


「マイヤーズ=ブリッグス・タイプ指標の話してるみたいだけどさ,」


「シドマイヤーズ...なんて言った?」


「えっ?もしかして正式名称すらも知らない性格診断を信じてたの?」


「はっ?なんだよお前」


「え?だって......失礼。敬語が乱れてしまいました。

......逆にお聞きしますが,あなたは何故,この性格診断を信じているのですか?」


「敬語うぜぇよ。で?......えーと,みんな使ってるからだよ。有名だろ?」


「有名、ですか。……それは心理学会の失態ですね。

 学会の一構成員として、心よりお詫び申し上げます」


「何だよ”物知りアピール”ですか~?…イキんなよ陰キャが」


「はい,私は在野で心理学を少し嗜んだだけの未熟な士です。

ですので物知りだとは恐れ多く,とてもではありませんが名乗れません。先程の謝罪は学会を代表するものではなくあくまで一個人としての見解であるということを申し添えさせていただきます」


「あ?......なんだようぜぇな。で?何の用?」


「…では,甚だ僭越ながら本題に入らさせていただきます。

素人質問で恐縮なのですが,MBTIには、いかなる根拠・正当性があるとお考えでしょうか?

是非とも、ご高説を賜りたく思います」


「根拠?そんなもんさっき言っただろ。”みんながやっててみんな使ってるから”これ以外ねーだろ」


「それが問題なのです。先ず,お聞きしますがMBTIが想定している統計分布である二分法,二峰分布にはいかなる根拠はあるのでしょうか。

私個人の見解といたしましては人間の性格傾向は正規分布――即ちガウス分布であると考えているのですが。」


「は?なんて言ってるんですか~?分っかんないな~」

颯太は馬鹿にしたような煽る口調で聞いてくる。


「――大変失礼致しました。二分法と正規分布についての知識が乏しいとのことですのでご説明させていただきます。

MBTIのスコア化は各尺度の境界線で明確に性格傾向を分けるバイモーダル分布に沿った方式ですが,ほとんどの人は連続曲線の中央付近にいるという考え方が学会の多数意見です。精神測定学的評価研究は類型論の概念を支持しないのが主流立場ですが,その辺りはどうお考えでしょうかという質問です。」


「だ・か・ら・な~に言ってるんですか~?」


「ではお尋ねしますが,人の性格と言うのは明確に二つに分かれていると思いますか?

それともグラデーションのように曖昧で連続的だと思いますか?」


「けっ。最初からそう言えってんだ。……まぁ,そう言われると,確かに...」


「更に,MBTIはあくまで二分法を根拠として挙げていますが,それはスコア算出ソフトBILOGの初期値,区分求積値によって生じたアーティファクトだった可能性が強く示唆されています。つまり,そもそも根拠とするバイモーダル分布などなかったという説です。」


ここで,話をボケーとほうけた表情で聞いていた周囲の面々がようやく話の概要をつかみ始めた。


「えっ?てことはMBTIって正しくないの?」


「いやいや,どうせ陰キャが目立ちたくてテキトウな事言ってんでしょ」


しかし彼はまだまだ補足する。

「更に,1991年,米国科学アカデミーにおいて,MBTIの尺度についての調査結果が報告されたのですが,

I-E尺度のみが他の測定法の同程度の尺度と高い相関を有し、異なる概念を評価するために設計された測定法では低い相関があるという結論で、強い妥当性がある,

対照的に、S‐NとT‐F尺度は比較的弱い妥当性だ

という物だったようです。

そのことから審査委員会はMBTIを性格診断用途に使用を正当化するのが難しいという結論に至っています。


つまり,I-E尺度以外は全て正確に測れているとは甚だ言い難く,妥当性がないため

使用はしないほうが良いという結論になったのです」


「へ~普通にためになったわ。」


「でもさ,当たってるじゃん。みんな使ってるじゃん」


「そう!そうなのです。同年の審査委員会も,『科学的価値が証明されていないのにこの測定法が人気を集めるのは厄介なことである』とコメントしている通り,

根拠がないのにもかかわらずこの診断が世間に広まってしまったことが厄介なのです。」


そして彼はさらにこう続けた。


「それに、よく考えてみてください。

このMBTIはすべて自己申告によるテストです。

果たして正確な結果が出ると思いますか?


多くの人が、良い結果を得たくて、あるいは自分の本当とは違う回答をした経験があるのではないでしょうか。


実はMBTIは、16PFやミネソタ多面人格目録、人格評価尺度と違い、

“妥当性尺度”、つまりいわば“嘘発見尺度”を使っていません。


そんなテスト、正確だと言えるでしょうか?」


彼は言葉を少し落として、静かに続けた。


「――そして僕は、この妥当性尺度の不在こそが、

『自分が合っていると思い込みやすくなる大きな罠』だと考えています。


妥当性尺度がないということは、つまり“自分で性格を偽ることができる”ということ。

その結果、診断結果は“自分が周りに見せたいと思っている性格”と一致してしまう。


だからこそ、多くの人はMBTIの結果を見て、『当たっている』と感じるのではないでしょうか」


「……ここで整理しましょう。

・MBTIというのは正式名称で「マイヤーズ=ブリッグス・タイプ指標」という。

・MBTIは人の性格が明確に二つに分かれる「二分法(二峰分布)」を想定している

・実際の分布は中央が多く極端な人が少ない「正規分布(ガウス分布)」である

・そのうえMBTIの二分法はスコア測定ツールによって作られる「誤差」である

・1991の米国科学アカデミーにおいて,「妥当性が低い」と評価された

・審査委員会によって,「使うべきではない」と結論付けられた。

・そもそも自己申告型だから自分の性格を偽れるのに正当性なんかない

・MBTIには妥当性尺度がないから簡単に性格を偽れる

・だから「自分が見せたい自分」通りの結果が出て,「当たっている」と勘違いする


因みに,補足ですが,

・短い間隔で同じテストをさせても,結果が変わりやすい

・因子分析と言う手法によって,MBTIの4つではなく,別の6つの分類が判明した

・内向尺度は正確ではなく「神経病」かどうかと高い相関があった

と言うことからも,MBTIの正当性について批判することができるでしょう。」


「なるほど?」


「なんとなくわかった」


「ほへ~」


「それでは,皆様にMBTIの正当性の無さを理解していただいたところで,

”何故人はMBTIを信じるのか”と言うことについて解説しようと思います」


彼は左手に水筒を取ると,一口飲み,こう続けた。


「それは,”時代の潮流”と”人間の脳の弱点”です。」


「先ず,時代の潮流と言う側面で話を進めますが,

昨今,現代社会は情報化社会の構築によって互いの違いを認め合う「多様性の時代」へと変革を遂げ始めています。


そしてその社会は個人に対し,「自分らしさ」を求めてくるようになったのです。

これまでの,「できてたらOK。できてなかったら駄目」といういたってわかりやすい指標から「自分らしさ,主体性」という物を評価し始めたのです。


すると,問題となってくるのは「自分らしさ」とは何か?という疑問です。

所謂「アイデンティティの確立」という,人間だれしも直面する可能性のある普遍的な問題。これの影響が大きくなったのです。


そうなれば,皆が皆「自分らしさ」を求めていろいろ探し回るのは当然の事。

そこに一筋の光を与えてくれるのが「性格診断」という物です

……まぁ,性格は病理ではないので「診断」ではないんですけどね。


そして、きちんと心理学会で認められている性格分析を見てみると、

そこには『ガウス分布』『因子分析』『語彙仮説』――といった、何やら難しそうな単語が並んでいる。


そんなもの、普通の人からすれば難解で、取っつきづらい。

「手を出したくない」「自分には関係ない」と感じてしまっても、無理はありません。


そんなとき、ふと見つかるのが――

16便利なツール。


そう、MBTIです。


たったいくつかの質問に答えるだけ。

しかも結果は抽象的なスコアではなく、“主人公”や“建築家”といったわかりやすい役職ラベルで提示される。


それは自分の性格を“数字”ではなく、“キャラクター”として想像させてくれる。

自分という物語の役割を手軽に与えてくれるのです。


しかも、その役職ラベルは――

たった一言で『自分らしさ』をアピールできる便利な武器になる。


そんなもの、流行らないはずがありません。


……たとえ、心理学会がそれを否定していたとしても。」


「次に人間の脳の弱点の側面から話を進めますが,

皆さんは,「バーナム効果」という物は聞き及びありますでしょうか。

これは,「誰にでもいえる抽象的な事をつい自分の事だと思ってしまう」,そんなです。


たとえば――

『人と話すのは好きだけど、ときどき一人の時間も欲しくなる』

『あなたは今、何かに悩んでいる』


……どうでしょう。

これらの言葉、ほとんどの人に当てはまるのではないでしょうか?


前者は、人間である以上当然起こり得る感情。

後者も、悩みの“大小”を問わなければ誰にでも心当たりがあるでしょう。


しかし,それを人間は「自分の事をピタリ言い当てられた」と言う気分になるのです。

これは占いやおみくじにも共通するトリックです。今回の事例の場合,測定方式を雑に作っても,曖昧な事さえ言っていれば結果を見た人が「当たった」と感じてしまうのです。


次に,確証バイアスがあげられるでしょう。

確証バイアスと言うのは,「自分が思っている理論・考えに都合がいい情報だけを集めてしまう」効果の事です。


それは今回の事例で言えば,長々しく文章が書いてあるうち,「自分が見せたい」・「自己分析ではこう」と思う性格についての事が書かれていれば,多少違うことが書いてあっても「あっている」と感じるのです。


この,多少違っていたりしても,適当な事を言われていても「当たってる」と思ってしまうバイアス。「脳の弱点」がMBTIが広まった要因のもう一方を占めているのです。」



「ここまでの内容を整理しましょう。

・現代社会は “多様性” を重んじる時代へと移り変わり、個人に求められるものも変化した

・従来の “成果主義” から、“自分らしさ” や “主体性” が評価される時代になった

しかし、人は簡単に “自分らしさ” を定義できないため、多くがその答えを模索し始める

・その中で、人々は “性格診断” に出会う

・しかし、正統な心理学に基づく性格分析は専門性が高く、難解で手を出しづらい

・一方で、MBTIはシンプルかつ直感的で、誰にでも扱いやすく、結果も職業名などで分かりやすい

・その診断結果を “自分らしさ” の証明として、周囲にアピールしやすい

・結果に曖昧な内容が含まれていても、《バーナム効果》によって「自分のことだ」と錯覚する

・多少違う内容が含まれていても、《確証バイアス》により、自分のイメージに合った部分だけを拾い、「当たっている」と感じる

――これらの要因が複合的に作用し、MBTIは多くの人に使われ、信じられ、そして広まっていったのです。


さらに、MBTIの結果を他人と共有するときには、必然的に “MBTIとは何か” を語ることになります。

この行為自体が、MBTIという概念の拡散装置として機能しているとも言えるでしょう。」


もはや心理学の講義と化したクラス。

…実はかなり前から授業時間になっていたのだが,先生の方も彼の話に聞き入って授業を忘れていたので授業は始まっていない。……教師失格。




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本作はこれからMBTIの他にも心理テストや占いなど,様々なエセ心理学をテーマに,批判的文章を書き,衒学用の豆知識も入れるつもりです。


ですので,まだ完結とはなりませんが,一話完結のストーリーの集合体だと思ってもらえれば幸いです。


また,今回含めこれから,投入した知識・学説につきまして誤り等ございましたら遠慮なくコメントにて訂正をお願いします。ご報告を受け次第文章を改善していきたいと思います。


そして,是非とも★と♡の応援の方,よろしくお願いします。

大変励みになります。


最後にはなりますが,ここまでご愛読いただき,誠に有り難う御座いました。

これからもよろしくお願いします。


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◆MBTIに関する話題で通ぶれる一言◆

※本文は終了しています。ここからは読みたい人だけどうぞ。特に衒学者の人、どうぞ。


基本的に、一つでも覚えているだけで通ぶれるのは以下のワード:


「マイヤーズ=ブリッグス・タイプ指標」

「二分法(二峰分布)」 ←どっちも言えるとよりGood!

「正規分布(ガウス分布)」 ←どっちも言えるとよりGood!

「妥当性尺度」

「バーナム効果」

「確証バイアス」


※「MBTIって二分法だけど、現実は正規分布だよね」みたいな感じでまで押さえてるとさらに通っぽい!


▼ 例としては、こんな感じで:

「MBTI?……あー、“マイヤーズ=ブリッグス・タイプ指標”のことね~」

「MBTI?それって二分法だけど、大丈夫?」

などなど。


▼ また、以下の内容を覚えておくと超強い:


・MBTIは正式名称で「マイヤーズ=ブリッグス・タイプ指標」

・MBTIは人の性格を明確に二分する「二分法(二峰分布)」を想定している

・実際の性格傾向は「正規分布(ガウス分布)」で中央付近が多い

・MBTIの「二分法」はスコア測定ツールの仕様によるアーティファクト(誤差)の可能性がある←誤差を「アーティファクト」っていうと専門家感あるからオススメ!

・1991年、米国科学アカデミーにて「妥当性が低い」と評価された

・審査委員会も「性格診断用途として使うべきではない」と結論した

・MBTIは自己申告式であり、回答者が性格を“演出”できてしまう

・「妥当性尺度」がないので、嘘の回答を検出できない

・結果として、「自分が見せたい自分」に沿った結果が出て「当たってる!」と錯覚する

・テストを短期間で再実施しても結果が変わりやすい(再現性が低い)

・因子分析ではMBTIの4つではなく、6因子が優勢とされている

・内向性尺度は実は「神経症傾向(neuroticism)」と相関が強かった


このへん押さえておけば、かなり“心理学者感”を醸せる!

MBTIにハマってる人に、やんわりと知識マウントを取りたい時にどうぞ(やりすぎ注意!)


以上,作者から皆様への衒学用付録(?)でした~

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心理テスト・性格診断について考える。~なぜ人はMBTIを信じるのか~ 太田道灌 @OtaSukenaga

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