5-2
『来てくれたのかしら!』
出迎える準備をしなくては。
しかし、金属のフェンスが邪魔をして紅色の絨毯も満足に敷くことが出来ず、風に花びらを舞わせても無機質なものに見えてしまう。
『どうして・・・私はただ、喜んで欲しいのに』
花びらが無くなってしまった枝の隙間から差し込む日射しが痛い。
はらはらと項垂れるように紅い花びらが真っ直ぐに落ちていく。
「あぁ、やっとこれたわ」
「ちょっと、歩くの速いって。気をつけてよ」
優しい声が紅い桜に届いた。
見れば、フェンスの手前で白髪の紺色の着物が似合う女性が嬉しそうに微笑み、その隣では呆れたような表情で眼鏡をかけた青年が立っていた。
『誰かしら?』
紅い桜が待ちわびていた青年ではない。
「あの人が言っていたとおり、本当に綺麗だわ」
その言葉に紅い桜の枝はぴくりと揺れた。
「あの人がね、いつもあなたのことを自慢していたのよ。とても綺麗で優しくて温かい場所をくれるんだ。周りは黒色と灰色なのにあなたがいるだけでそこは陽だまりのようだったって」
女性は持っていた巾着袋を開けると、ごそごそと手を入れ、小さな鍵を取り出した。
迷うこと無くそれを金属のフェンスを縫い止めている錠に差し込むと、がちゃりと開けた。
「本当に入るわけ?」
青年が訝しげに女性を見ると、もちろんよと女性は頷いた。
「あの人との約束を守る為に私がどれだけ努力してこの鍵を手に入れたと思うの」
「頑張ったの僕なんだけど」
不服そうに抗議する青年を無視すると、女性はフェンスを開け紅い桜に近づいた。
その表情はかつて、紅い桜の側で眠りについた女性と面影が重なった。
「昔、水商売だからって嫌な思いばかりしていてね。転々と引っ越していた時にこの街にきたの」
そこであの人に出会ったのよ
「あの人、紅い花びらの栞を落としてね。珍しくてつい声をかけてしまったの」
懐かしそうに微笑む姿はやはり、昔、眠りについた女性に似ている。
女性は紅い桜の幹に触れ、額をつけた。
「綺麗ねって伝えたら、この場所を指さしてね。その時、どうしてかしらね。とても懐かしい気持ちになったの。そうね、絶望の中に温かさと光をくれたようなそんな懐かしさ」
「全く意味が分からないんだけど」
女性の足下に座り、青年が見上げるようにそう呟いた。
まだらに敷かれた紅色の絨毯が気に入ったのか、左手で掬い、はらはらと地面に落としている。
「妙に話があってね。あの人、両親にも反対されたのに私と結婚するって譲らなくて」
【紅い桜にも会わせたいんだ。会ったら幹に触れて抱きしめてたくさん話しをして欲しい】
「そう言っていたのに、似合わない軍服を着て戻ってこなかったわ」
その言葉に紅い桜の枝は静かに揺れた。
『そう、戻ってこれなかったのね』
それでも
『貴女は来てくれたのね』
青年との約束を彼女は守ったのだ。
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