Waltz of the Broken Time
チャッキー
第1話 灰の帳
夜の帳が静かに街を包み込む。屋根裏の小さな窓から、エラは王都ルミナ・ヴェールの街を見下ろしていた。広場には明かりがともり、人々のざわめきが遠くから聞こえる。煌びやかな仮面舞踏会の準備が、街全体を彩っている。
「王子が花嫁を選ぶのね……」
エラは小さな声でつぶやく。自分がその舞踏会に参加できる日など、まだ想像もつかない。屋根裏でひっそりと暮らす身では、華やかな世界は遠い存在だった。
窓辺の蝋燭が揺れ、影を壁に映す。屋根裏の冷たい空気に、ひとり、静かな孤独を感じる。外の賑わいと、自分の置かれた現実との距離。胸の奥が、なんとなくざわつく。
――その街の片隅、深く閉ざされた書斎では、誰も知らない物語が書き綴られていた。
細い筆を持つ男の手元で、羊皮紙に文字が並ぶ。シャルルペロー――かつての物語作家は、誰に命じられるでもなく、何かに促されるように筆を動かしていた。その背後に立つのは、フードを深くかぶった老婆。誰もその正体を知る者はいない。
「始まったのですね」
老婆の声は、静かで冷たい。
「始まったのではない。気づけば、すでに始まっていたのだ」
ペローは筆を止めず、言葉を紡ぐ。紙の上で生まれる文字は、単なる物語ではなく、封じられた真実の欠片だった。
遠く、街の鐘の音が鳴る。祝宴の始まりか、終わりか――その意味さえ、今はまだ誰にもわからない。
――この国は祝福に満ちている。誰もがそう信じて疑わない。
しかし、その祝福の裏側では、名もなき者が灰に沈んでいるのだ。
屋根裏の窓から見下ろすエラには、まだその恐怖の存在は知れない。ただ、街の灯りが揺れる様子を見つめながら、静かに心を震わせていた。
「いつか……あの舞踏会に触れられるのだろうか」
遠い願いを胸に、彼女は窓辺の影に身を寄せる。
――そして、誰も知らぬ書斎では、物語が静かに動き出していた。
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