第6話 養父との出会い
ハヤテが暴れた研究施設で生き残った兵士は十名に満たない。
電信技師が生き残っていたので、事件は同じ県の海辺にある軍の駐屯地へ電信された。
一人の諜報兵の生き残りが、ソウタの記録を全て焼却処分にした。
彼は一番ソウタと過ごした時間が長かった兵士であり、ソウタに生きていて欲しいと願っていた。
軍医は鬼の研究功績を我がものにするため、ソウタの誕生を本部に伝えていなかった。所長も黙認していたため、これでソウタが産まれたことも生きていたこともなかったことになる。
他の兵士もこれ以上鬼と関わりたくないと思い、記録抹消に同意した。
やがて、駐屯地より事態確認に兵士がやって来る。
研究施設の生き残り兵士たちは ハヤテの妻となった女を謝って射殺してしまったため、ハヤテが暴れて甚大な被害が出たとだけ報告した。
全身に無数の銃弾を受けて、立ちながら息を引き取っていたハヤテが横たえられる。サヨを抱くハヤテの腕を外すことができなかったので、胸の上にサヨを乗せたままだ。
不思議なことに最初の背中に受けた一発以外にサヨの体に傷はなかった。抱いていたハヤテが銃弾を全てその身で受け止めていたらしい。
研究施設内の運動場に穴が掘られ、ハヤテはサヨを抱きしめたままの姿勢で埋葬された。
こうして、山中にある研究施設は、ハヤテが亡くなったことにより存在意義を失い廃棄されることになった。
若き医師サエキセイスケが、獣も入浴して傷を治すと伝説になっている山中の温泉にやって来たのはただの気まぐれである。
セイスケは研修医時代に患者のケイコと運命的な出会いをし、何度も口説いてようやく彼女を恋人にすることができた。しかし、手を尽くしたがケイコを助けることができず、先月彼女はセイスケを残して天国へ召されてしまっていた。
セイスケは恋人を病に奪われた喪失感と、医師として無力感に苦しみ、勤めていた帝都の大病院を辞めてこの山に来た。
この天然温泉は最寄りの村から歩いて二時間ほどかかる。宿泊していた宿の女将は遠いので途中でお腹が空くと大量のおにぎりを持たせてくれた。
しかし、セイスケには食欲も生きる意志もなかった。
休憩も取らず歩き続けて着いた天然の温泉には先客がいた。
五歳ほどの子どもであるが、それは人ではない。目にも鮮やかな黄色の髪から、黄と黒の縞模様になっている角が二本出ている。衣服を着ていない体は薄汚れているが、人より肌の赤みが強いことがわかった。
その小さな鬼の子は、引きちぎった木の根を温泉で洗っていた。そして、口に運ぶ。とても不味かったらしく顔をしかめたが、空腹に負けて噛み切り咀嚼し始めた。
「おにぎりを持っているが、食うか?」
セイスケは女将から渡された風呂敷包みを岩の上に置いて結びを解くと、大きめのおにぎりを包んだ竹皮が現われた。セイスケはその中からおにぎりを一つ手に取り、鬼の子に差し出す。
セイスケを少し怯えたように見た鬼の子は、空腹に負けたのかセイスケの方に歩いてきておにぎりを受け取った。
そして、幸せそうにおにぎりを食べ始める鬼の子。
結局、六個もあったおにぎりのうち、五個を鬼の子が食べてしまった。あまりに美味しそうに食べる鬼の子を見て、セイスケは久し振りに空腹を感じておにぎりを一つ食べた。
ケイコは生まれた時から病弱で、外へもあまり出ることはできなかった。それでも、病気だからと落ち込んでいても治るわけではないから、なるべく華やかに過ごしたいと、黄色や金色を好んで身にまとい明るく振る舞っていた。
鬼の子の黄色の髪や金色の目は、黄色や金色はお日様の色だからと笑うケイコをセイスケに思い出させた。
「ケイコが寄越してくれたのかもしれない」
セイスケはそう感じ、その鬼の子のために生きることを決めた。
セイスケは服を脱いで、鬼の子を抱いて温泉に入った。鬼の子の体を詳しく調べてみると、怪我の痕がいくつかあったが既に治りかけている。
「名前は何という?」
セイスケの問いに鬼の子は答えなかった。
「カナタ、タモツ、キヨシ、ショウタ」
セイスケがいくつかの名前を挙げていると、鬼の子はショウタにわずかに反応した。
「今日からお前はサエキショウタだ。よろしくな」
セイスケがショウタの小さな手を握ると、ショウタは嬉しそうに笑った。
ショウタにはこれ以前の記憶がない。だから、一番最初の記憶はセイスケからもらったおにぎりの味である。
囚われの鬼と悲しき芸妓 鈴元 香奈 @ssuuzzuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます