転移したら社畜タグをつけられそうになったので、ホットドッグ屋で働くことにしました
狐妙アキラ
前編
第1話 空から落ちる社畜転移者
急スピードで落下する視界には、青い空と白い雲、右手に握る割り箸が見える。
左端には、小さな箱のようなロボットが何か叫びながら左手首をアームで掴んでいる。
細い金属が皮膚に食い込み、風が通る手の平は、冷んやりと感覚が遠のいていく。
落下する脱力感に身を預けながら、記憶を少しずつ手繰っていく。
「(一体、この状況は……!?)」
「テンイシャ、カクニン!――ヲカイシ…」
ロボットがひっきりなしに何か叫んでいるが、風の音に遮られ、うまく聞き取れない。
テンイ…転移…?これは聞き覚えのある単語だ。
右手で必死に握る割り箸を、じっと見つめる。もう少しで何かを思い出せそうだが、空気の音がヒューヒューと耳をかすめていく。
そうだ、会社のデスクでやっと夕飯ってところで…。
「――タグ…!――ナイデ…!」
思い出せそうな記憶を、ロボットが動く無機質な音が、掻き消していく。
たしかカップ麺食べようとして、それで……。
ぎゅうっとアームが狭まり、血管が浮き出るほど窮屈になっていく手首の痛みが、集中力を削がしていく。
「うるさいっ!!!このロボ!!あとめっちゃ痛いんだけどっ!」
痛みが鋭く走り、アームを外そうと左腕を大きく振るが、ロボットは手首から離れない。
箱の上に乗る赤いランプをピカピカと光らせ、先ほどより大きな音量を出し始める。
「ピピ…!…デキマセン!……テイシ、シテクダサイ!」
「この状況で!!どうやって動かない姿勢取れるんだよ!!無理だろ!!このポンコツ!!」
悪態をついて大声で叫ぶ。
というかなんで落下してるんだ?
まさか…!?
「(本当に、転移しちゃってる……!?)」
咄嗟に左手でロボットのアームを握り返す。重さを利用して半円を描くように、左腕を思いっきり投げて、右側へ体を捻る。
体をうつ伏せへと体勢を変えて、空気の圧を顔で感じながら、ゆっくりと目を開ける。
すると、目の前の景色に、思わず唾を飲み込んだ。
美しい緑と青の森と、平坦な土地がどこまでも続いている。
森の近くには規則的に区切られた緑のパッチワークのような、畑らしきものもある。
中に見たこともない歪な白い建築物の数々、空を飛んでいる無数の飛行機。
透き通った青い空にも、半透明でオーロラ色に反射する高層ビルのような、細長い建物が浮いている。
どうやら、全く知らない場所に来てしまったようだ。
この広がる絶景を前に、本当に《異世界転移》をしてしまったのだと悟った。
さらに目線を下に向けると、白いマンションのような建物、色とりどりの花壇、そして…たくさんの人がいるのが確認できた。
「おっ、……落ちたらやばい……!助けてええええ!!」
地面にたたきつけられたら、間違いなくぺちゃんこだ。
「ピピ!――デキナイ!」
「もう誰か!!こいつを!!この機械を黙らせてえぇーー!!」
必死に体を動かそうとするが、空気抵抗が先ほどより強くなり、腕も足も、もがくことすらできない。
どんどん地面が近づいてきて、下にいる人々がこちらに気づいて見上げながら、何やら口々に叫んでいる。
「キケンキケン!キュウソクニ、ラッカチュウ!テイシシテ――!」
ロボットは無慈悲にも、冷静に現状を伝えてくるだけだ。
「やれるもんなら、やっとるわーーーー!!」
人々の悲鳴や混乱の声が、どんどん近づいてくる。
目を強くつぶって、あと数秒後に訪れる、衝撃の瞬間から逃れようとした。
こんな最期を迎えるなんて、想像もしてなかった。痛いのなんて一瞬だろう。
ロボットの警告音がどんどん大きく盛んになり、リズムに合わせるように心臓の鼓動が早まり、身体中に響いている。
「こんなことになるなら、あんなくそブラック企業で働き続けないで、さっさと辞めて、美味しいものとか食べに行けばよかっ…。」
次の瞬間、バインっと衝撃を受けて、体が一度宙に浮く。
うっすら目を開けると、どうやら植え込みの植物の上で、バウンドしたらしい。
そのまま、力のぬけた体は芝生の上に叩きつけられる。
「痛っ……あぁ…全身痛い…」
左頬が芝生にめり込み、葉の青臭さが鼻をつく。
どうやら生きているようだ。
ホッと安心したのも束の間。ボンッと大きな音と振動が伝わり、頭上からパチパチと音が聞こえる。
金属が焼け焦げる臭いと、黒い煙が立ちこめる。周りに集まった人々が大きな声で叫び、逃げ惑い始めた。
「ロボットが燃えてる!早く消火を!」
「空から……人が落ちてきたぞ!?」
慌ただしく人々が走り回る足音の振動と、悲鳴を聞きながら、震える腕でゆっくりと上半身を起こす。
あのうるさいロボ、燃えたのか…。
見上げると、銀色の箱が小さく炎の中でゆらめき、アームは力無く地面に横たわる。
「(あのロボット、なんだったんだろう…。転移とか、タグとか言いながら、手首にしがみついてたけど…)」
勢いよく上がる炎の中、ロボットは黒煙をあげながら、ただ静かに焦げ尽きていくだけだった。
私は知る由もなかった。これから待ち受ける、壮絶な運命がはじまったことに。
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