君ならやれたりしない?(1)
▽
恭くんが出演する舞台が、公演初日を迎えた。
そして私は、恭くんから送られてきた地図を頼りに、何故か演者の集まっている控室へ向かっていた。
舞台は初日に見に行く、既にチケットは入手済みだ……ということをメールで伝えたら、「始まる前に会おうよ」と返信されたのだ。
「本当に良かったのかな、来ちゃっても」
控室の前まで来て、さすがに躊躇う。めちゃめちゃ部外者だぞわたし。
ノックしてみようかと構えた手がなかなか動かない。
いやまあ? わたし呼ばれた側なんだから堂々入ってもいいんだけど?
でもこんな本番直前って、皆さん集中して気持ち作ってるに決まってるし。そこに呑気な顔した部外者入ってきたらどうよ。腹立つよね。
……よーしやめよう。
せめて終わった後の方が良いよね。恭くんには「始まる前に会いに行こうと思ったけど、寝坊して時間ぎりぎりになったから無理でした☆」と謝っておけばいい。
そう思って引き返そうとしたときだった。
「あっれー? 誰かと思ったら武藤ちゃんじゃん」
ガチャっとドアが開き顔を見せたのは、稽古を見学しに行った日にも声を掛けてきた、恭くんのチャラい俳優仲間。
彼はわたしの姿を認めるなり、スッと素早く近づいてきた。しかもその自然な流れで手を握られる。
「あ、どうも……」
「ずっと会いたかったんだよ武藤ちゃん! この前の演技には圧倒されちゃったよ。僕もうすっかり君のファンになっちゃったってのに、恭のやつ全然会わせてくれないしさ」
「はあ……」
「それとさ。事務所どこも入ってないなら、うちの事務所の社長に紹介するけどどう?」
「あ、そういうのは本気で結構です」
「何だ残念。じゃあやっぱり連絡先だけ……痛っって!!」
勢いよくしゃべっていたチャラ俳優さんが、握っていたわたしの手を離して後頭部を押さえる。
何事かと思えば、彼の背後に穏やかな笑みを浮かべた恭くんが立っていた。
手にはくるくる丸められた台本らしきもの。どうやらこれで、彼の頭を後ろから思いっきり叩いたらしい。
穏やかな笑顔とやってることが一致してないの好き。
「近くまで来たなら連絡くれたら良かったのに。入りにくかったでしょ?」
恭くんはうずくまる俳優仲間をガン無視してわたしに近づく。
「恭……てめえ……」
「ああ、いたのイトウくん」
あ、そういえばイトウさんって言ったのかこのチャラ俳優。
てかそんなことより……。
既に役柄に合わせてウィッグやメイク、衣装がセットされた恭くん。まじで、さ。
「やば……麗しすぎ……」
恭くんを至近距離で浴びたわたしは、後頭部の痛みに耐えているイトウさんと同じようにその場にうずくまった。
眼福も度が過ぎれば劇薬です。
舞台上では遠くから見るから良いけど、この距離で見るのは刺激が強すぎたみたいだ。
恭くんはちょっと苦笑いして「えっと……」と頬を掻く。
「……写真、撮る?」
「いいんですか!?」
「瑞紀ちゃんが個人で見る分ならいくらでも」
恭くん、ちょっとわたしの思考が読めるようになってきたな。
他のファンの皆さんを差し置いてわたしだけそんなサービス受けていいものか……という気持ちも一応あったけど、どうせ誘惑に負けることはわかりきっているので素直にスマホを取り出した。
恭くんはカメラに向けて上手くポーズをとってくれる。さすがはプロだ。
「ああ゙っ」「好き」「天才!」といちいちうめき声を漏らしながらシャッターをきりまくっていたわたしは、三十枚ぐらいで手を止めて深々と頭を下げた。
「ありがとうございますっっ!! おかげさまでまたもや家宝が増えました!!」
「もういいの?」
「はい……じゅうぶんで……」
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