深淵を覗くもの
Zamta_Dall_yegna
1.親殺しの夢
運動をした後のように荒い呼吸を繰り返して、目覚めた。
夢というものは非現実的な空間である。本当はできないことも、ここならできる。それは無限の可能性をもっているも同じ。今見た夢は親に殺される夢で、親が死ぬ夢だって見た。ならば、親を殺す夢でも見れるんじゃないか。
自慢だが、私の親は子供っぽい。気に入らないことがあれば怒り、暴力をふるったりしてくる。やりたくないことは人に押し付けるし、これを凄いことだと思い込んでいる。何か出来たらほめて欲しい、悲しいときは一緒に悲しんでほしいというのはまだ分かる。が、それを子供に求めるのはどうなのか。少なくとも、私には耐えられたものではない。
学生として、新しい学校への不安や期待等、感想は色々ある。けれど、親がかけるストレスも、のしかかるとなると正直苦しい。『いらない者は捨てる、邪魔なものはどける』と同じだ。『親がいらないから捨てたい』と思った。けれど、私は中学生。今の環境でやると、こちらには不利益しかないことは火を見るより明らかだ。
そうと決まれば、望む夢を見る方法を探った。枕元に写真を置く。中学校に行っている間は、ずっとそのことを考えるなど、やれることをした。でも一向に見れない。分析していくうちに、一つの可能性に気づいた。アンビバレンスと呼ばれる感情、同時に反対の感情が出てくるというアレだ。好きと思っているとどこからか嫌いと返ってくる、楽しいと思うのと同時につまらないと感じる。そのせいできっと別の夢を見てしまう。自己暗示で好きだと思い込ませるしかないようだ。
それ以来、親の顔を見るたびに好きだと思うようになった。親には可愛がられて一石二鳥だ。兄には「不審だ」といわれたが、気にしない。
ある日、両親と共に遠くに出かけた。父はいつも通り店の人に対して横柄な態度をとっていた。母も母で一緒になってやっている。私はその態度が気に食わなかったが、それでも好きだと唱え続けていた。いつか報われると信じていたからだ。
家に帰って、兄と話をした。
「ここを出て一人暮らしをする」
「そっか、寂しくなるね」
私はとても悲しむ一方で、喜んでいた。
―なんで喜んでいるの?悲しいのが普通じゃないの?―
―喜びを感じちゃいけないの?悲しむのが当然だから悲しむの?―
同時に声が流れてくる。脳が追い付かない。私は頭を手で押さえたまま自室に戻った。
明るい部屋の中、温かいものに包まれていた。母の体だ。母は私を抱きしめて、優しい声で語りかけてくる。
「よく頑張ったわね。ゆっくり休みなさい」
体が冷え切った空気で満たされていく。きっと今の私は目が据わっているに違いない。
後から父も来て、「ごめんなお前の心に気が付いてやれなくて」といった。
―こんなものは知らない―
私の心はこの両親を受け入れられなかった。兄は来なかった。それもそうだ。これは夢なのだから。
―なんて優しくて酷い夢なのだろう―
落胆と共に目を覚ました。まだ夜だ。夜の2時。時計の音だけが鳴り響いている。その音さえうっとおしく感じて、時計を壊した。破片が散らばって、中身が飛び出す。その残骸を見て虚無感と達成感を感じた私は、再び眠りについた。
薄暗い部屋の中、黒い塊が横たわっている。足元は何かで濡れていた。鉄の匂いが充満している。鈍器を片手にリビングの真ん中に立っていた私は、きっと親を殺したのだろう。横たわるそれを覗くと、やはり人の顔があった。
近くにあったスイッチを押してあかりを灯す。辺りは白い光に包まれた。先程の塊を見ると、それは母だった。少し離れたところに父もいた。2人とも頭から血を流していた。自室に戻って確認をしてきた。時計は壊れていない。やはり夢だった。念願の夢の中で、私は満たされて眠りについた。
体を揺さぶられて目が覚めた。見るとそこには兄がいた。彼は少し青ざめた顔で両親の居場所を聞いてきたので、私は「知らない」とだけ答えた。すると、唐突に抱きしめられた。
「ごめんな。お前の心に気づいてやれなくて」
一瞬何か引っかかりを覚えたが、首を振った。多分変な夢を見たせいで混乱しているだけだ。
「ううん。兄さんはいつも頑張ってるよ。私は大丈夫だから落ち着いて。ほら、少し休んだら?」
兄を部屋まで送ってから自室に戻ると、私は辺りを見渡した。そういえば、何かが足りない。床は一部フローリングが傷ついている場所があった。
―時計を落としたのは夢の中での出来事のはず。じゃあ、今あの時計はどこにあるのだろう―
私は恐ろしくなって部屋中を探し出した。ベッドの下もクローゼットの中も調べて歩いたが、どこにも時計は無かった。
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