第13話 魔法の力1

 ――まさかラヴィニアの実物が、あそこまで強引な女だとは思わなかったな。

 ラヴィニアとの初邂逅のあと、彼は講義に出席しながら彼女に言われたことを思い返していた。貴族の誇りがどうたらいう話は置いておくとしても、帝国人である彼女に興味を持たれて一緒に早朝の稽古をすることになったことはどう捉えたら良いのか。自分はナイアスに待ち受けている破滅の運命から順調に遠ざかることはできているのか、それとも近付いているのか。

 ――……原作のナイアスが処刑された原因は、王国を裏切って帝国についたことと、レオナルドとフィーネの故郷の村を焼いたことだ。俺さえそれをしなければ大丈夫だと思うけど……。

 と思うのだが、妙に不安だ。

 そもそも原作のナイアスは、レオナルドへの憎しみから彼らの村を焼き村民を虐殺した。だから自分はレオナルドに対する憎しみを持たなければ良いと思うのだが、食堂や寮の前でやつに会ったときのどうしようもない生理的嫌悪が、いずれ自分を暴走させたりしないだろうか。

 ――そういうことにならないように、日頃の行動を改めるだけじゃなくて、ナイアスの感情を制御できるようにならないと。

 平常心が大切だと彼が心の中で念じていると、講義を行っていた教師が彼を指名した。

「ではこの問題を――……オルティスくん、答えてみなさい」

「は、はい。えーっと」

 彼は慌てて参考書とノートをめくった。考え事のあいだも、教師の話している内容は聞いていた。いまの講義は王国の政治や法律に関するもので、彼にはもちろんそんな知識は備わっていなかったが、ナイアスのノートには教師の問いかけに対する答えがほとんど網羅されていた。彼が正解すると教師は満足そうに頷き、ナイアスが堪えられずに恥をかくことを期待していた生徒たちは忌々しそうにしていた。

 ここまで講義に出席して感じたことだが、学園中の生徒から評判の悪いナイアスも、教師からはそうでもない。普通に優秀な生徒であるとナイアスのことを見ている教師も多いようだ。流石のナイアスも、自分より立場が上の教師には喧嘩を売ったりはしてこなかったようである。それがまた生徒たちには「弱い者いじめはするくせに強い者には媚を売るナイアス」として映っているのかもしれない。そういうやつがいたら自分も嫌いになるだろうと、彼自身も思っていた。

 ――それにしても……。

 戦史といい政治と法律の授業といい、ナイアスの取っている講義は、どれもやたらと堅苦しい。これらは生徒からの人気もあまりない様子だ。自由に席を選べるくらいには、教室はいつもガラガラである。まだ週のあいだに行われる全ての講義に出席した訳ではないのでわからないが、少なくともここまではそうだった。

 ――こんな勉強をして、ナイアスの将来の目標ってなんだったんだろう。やっぱり騎士を目指していたのか?

 この王国において、貴族であることと騎士であることは別だそうだ。騎士になるには他にも方法があるが、この騎士養成学園を卒業するのが一番の近道である。必要な単位を全て修得したうえで、卒業時に叙任を受けるのだ。

 騎士以外にも卒業生の進路はある。例えば王国の各地で働く役人や、魔術師などもそれにあたるらしい。

 ――魔法か。そう言えば、昼休みの講義は魔術概論だったな……。

 それは彼が朝から気になっていたことだ。座学はナイアスのノートで何とかなっていたが、魔法という得体の知れないものをどう扱えば良いのか、それを使ったことのない彼には全く見当もつかなかった。

 ――本番が来る前に、誰かに魔法について教えてもらったほうがいいかな。

 政治と法律の講義が終了し教室から出たあと、廊下を歩きながら彼は考えていた。ラヴィニアの顔が浮かんだが、彼女に頼ると面倒なことになるかもしれないと思った。フィーネに教えを乞うのも気まずい。かと言って他に自分に何かを教えてくれそうな者に心当たりなど無い。――そこで彼は、まだこの学園の施設の中で足を踏み入れたことのなかった図書館に足を向けた。

 学園の図書館は非常に大きい建物だった。少なくとも、嫌われ者のナイアスが歩いていてもあまり目立たない程度には。

 館内には多くの書架があり、分厚い背表紙の書物が並んでいた。自習のための机もあって、そこで生徒が何人か勉強している。

「すみません」

「はい、なんでしょうか」

 彼は最初に司書らしい眼鏡のキャラに話しかけた。その顔はゲーム内でも見た記憶がある。もしかしたらナイアスは図書館でも何か問題を起こした経歴があるのかもしれないと案じていたが、眼鏡の女性司書は彼の顔を見ても険悪な表情にはならなかった。

 いささかホッとしつつ彼は尋ねた。

「この図書館の利用方法について確認したいんですが、いいでしょうか」

「はい、もちろんです」

 女性司書は嬉しそうに微笑んだ。

「ここは当学園の生徒さんは誰でも自由に利用できます。書架にある書物の閲覧も自由です。貸し出しは一人につき十冊まで。それ以上借りたい場合は、一度前に借りた本を返却してください」

 女性司書のチュートリアルを受けながら、彼は図書館内を見回していた。歴史・文学・政治などジャンル別に書架が分かれていて――……つまり普通の図書館だ。

「本は高価なものもありますし、他の方も閲覧します。くれぐれも慎重に扱ってください。汚したり破損した場合は弁償ですよ」

「えっと、魔法に関する本とかって、この図書館にありますか?」

「もちろんです。魔術に関する書物はあの辺りの書架ですね。上級魔術以上になると関連する文献は全て書庫内に収められていて、書庫内に入るには教授の誰かから許可をもらう必要がありますが……」

「あ、そこまで専門的なものじゃなくていいんです。ちょっと基礎のおさらいをしたくて」

「それならおすすめの本がありますよ」

 女性司書は、わざわざ自分で案内してくれるらしく立ち上がった。

 ありがたい話だと彼は思った。

 ナイアスのことを嫌っていない相手とはこうやってトントン拍子にことが進む。全ての相手とこんなふうに穏やかに会話できれば、それ以上はない。――それでも何か唐突に横やりが入って問題が起きるかもしれないと警戒していたが、無事に魔法関連の本を手にすることができた。彼は女性司書に丁寧に礼を言って彼女と別れると、彼女がおすすめしてくれた本を開いた。

 ――え~っと、なになに。

 その本によるとこの世界における魔法、魔術は、人間の身体に内在する魔力を、世界に満ちている魔力に干渉させることによって発生するらしい。人間の魔力はあくまでも様々な事象を引き起こすためのトリガーに過ぎず、魔術により起きる現象はほとんどこの世界の空気中に存在する魔力によるものなのだそうだ。

「ふむふむ……」

 とはいえその人間個人の魔力量によりどの程度の魔術を扱えるかは変わる。魔力の量は生まれたときから決まっているもので、そこに関しては技術でどうにかなる部分と違い後天的に努力を重ねてもどうにもならないとあった。ちなみに、貴族は代々魔術を扱える人間同士が婚姻を重ねてきたためその家に生まれた者も魔力が高い傾向にあり、平民はその逆であるとも書いてあった。

 ――平民より貴族のほうが魔法が得意か。確かにゲーム中もそんな話があったな……。

 彼の記憶でも、平民出身のキャラは総じて魔力のステータスが低く、貴族出身のキャラはその真逆だった。しかし魔法を扱えることが前提の学園に在籍しているだけあって、魔力が皆無というキャラはいなかった。主人公レオナルドを始め、平民出身でも魔法関連のスキルを貴族生徒と遜色なく操れるキャラもいる。

 ナイアスはどうだっただろうと思い返してみると、敵として出てくるナイアスは、強力な大魔法と呼べるものではなくとも普通に魔法を使っていた。

 ――じゃあ俺も使えるってことだよな。

 実際の魔法の使用方法についてもその本には解説が載っていたが、文字ではイメージが湧きにくい。試してみようにも、図書館内で魔法を行使するのがルール違反であろうことは、いかにこの学園の規則に疎い彼でもわかる。書架の狭間から顔を出してあの眼鏡の女性司書がいるカウンターのほうを見てみると、彼女は静かに微笑みながらも、図書館内で悪戯を行う生徒がいないか注意深く見張っているようだった。

 司書と目が合いそうになった気がして首を引っ込めた彼は、そのまま大人しく数冊の書物に目を通した。

 ――魔法には大雑把に火と水と風と土と光と闇の六属性がある……。その上で攻撃魔法・回復魔法・補助魔法に分類される。うん、これはゲームの通りだな。ここには書かれてないけど、六属性以外にも上位の属性があるんだよな。

 ゲーム序盤は使用できない上位属性として「時間」などがあったはずだが、この書架にはそれらに関する書物は置かれていない。もしかしたら、さっきあの司書が言っていた書庫にそういった書物が収められているのだろうか。

 いずれにしても、自分のゲームの知識はある程度通じるようだ。これならば、このあと予定されている魔術概論の授業も乗り切ることができるだろうと考えて、彼は本を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る