闇夜の付喪神たちのお喋り

夢月みつき

本文「蔵の付喪神」


 ある日の深夜、その日は月の出ない薄暗い日だった。

 一軒の家の蔵の扉がほんの少しだけ開いていた。恐らく家主が鍵をかけ忘れたのだろう。


「にゃおん」


 どこからか、めすの三毛猫が庭に迷い込んで来ていた。首には赤色の革の首輪が付いている。


 瓦屋根の木造で、漆喰の白と木の黒を基調とした造られた蔵の建物。

 猫は、開いている蔵の観音開きの扉に近づいて行き、そっと覗いてみる。そして、そのうち、するりと吸い込まれるように、中に入って行ってしまった。


 一段高い位置にある床と、高い天井を頑丈なはりが支えていて、蔵特有の埃っぽい臭い、土壁と木の臭いが混ざった、独特の臭いがしてくる。


 中は薄暗く空気が冷え、ひんやりとしている。正月の重箱や古道具が入った段ボールやつづらがまれていた。


 掃除はされているが、手の届かない所には悪戯な蜘蛛くもが張った蜘蛛の巣が掛かっていた。



 猫はトトトッと二階に上がる階段まで歩いて行く。

 すると、二階からひそひそと話し声が聞こえて来た。人間でもいるのかなと猫は首をかしげると恐る恐る、階段を昇り始めた。



 小さな窓から、外の明かりが差し込んでいる。話しているのは、人ではなく、つく喪神もがみと呼ばれる古い道具に魂が宿った物たちだった。

 柱時計やゼンマイの付いた動物の玩具おもちゃ、昔のそろばん、からくり人形もある。



 からくり人形がカタカタ動きながら、つぶやいた。


『ああもう、嫌になるなあ。ここの暮らしも一体、何年になるのか。』


 すると、柱時計が、からくり人形に話しかける。


『はっはっは、お前さんはいつも愚痴ばかりじゃのう。ここの暮らしも案外、慣れれば快適じゃて』



 そろばんがジャラジャラ音をさせながら、文句を言っている。


『爺さんさあ、ここの生活のどこが快適なんだよ? 狭いし、暗いしよ。』


『また、お前さん達は不平不満ばかり…仕方のない奴らじゃのお。人間の言葉で「住めば都」と言うき言葉もあるのじゃぞ?』


 柱時計が、溜め息を吐くと古い鏡台きょうだいが話しに入って来た。


『あたいは、柱時計爺さんの話はもっともだと思うけどねえ。ここの暮らしも、蔵も好きだし…』


 鏡台は、柱時計に微笑み掛ける。


『それに、なにより、ここの家のお嫁さんは、物を大事にする綺麗好きの優しい人さね』


『ありがとう、鏡のお嬢さん』


 柱時計が優しく、そう言いかけた時、カタッと後ろで物音がした。

 古道具の付喪神たちは一斉に驚き、振り返ると一匹の三毛猫が、たたずんでいた。


 悪戯好きな、猫の澄んだ焦げ茶の瞳に、あたふたと慌てながら、元の物言わない道具に戻って行く付喪神たちが写り込んだ。


 付喪神たちの、おしゃべりは次の月の出ない夜まで、おあずけです。

 猫は「なぁんっ」と一声鳴くと大きな欠伸あくびをし、顔を洗って、少しだけ眠りにつく。そして、明け方には蔵を後にした。


 

 終わり



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 最後までお読みいただきありがとうございました。

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