残滓
気持ちの整理はまだつかないエルクリッドではあるが、深く考えないように今はすべきことがあると言い聞かせ前へと心を進める。
イリアの祭壇にやって来ていた謎の組織の構成員達は何を求めてきたのか、それを知っていてバエルは猛威を振るい始末したのか。
塞がれていたという祭壇の正面口には何かで瓦礫を吹き飛ばしたのか開かれており、そのすぐ近くの地面に犠牲者達は弔う事にした。
「これでよし、っと」
埋めた場所に石を積んで墓石代わりとし、その前で片膝をつくエルクリッドは小さく祈りすっと立ち上がる。それを見ていたシェダは周囲を見回しつつ、彼女の行動について少し触れた。
「別に、悪い奴なら埋葬しなくてもいいんじゃないか?」
「それはそう、かもだけど、やっぱりちゃんとしないと駄目かなって」
悪人かどうかまでは所業を目の当たりしたわけではないので判断しかねる、しかし状況的には間違いない。
エルクリッドもその点は理解してるとわかったシェダはそれ以上は言わず、ひとまずここに何があるのかを調べ始める。
祭壇内の方はノヴァとタラゼド、リオが調べエルクリッドとシェダは外の調査をする。正面口は門によって祭壇とそこに向かう階段とを分け、やや広くなっているのは埋め立てをして陸地を作ったからと推測ができた。
周囲は一面の湖にも見える川が広がり、そこにぽっかりと空いた穴のような場所の一角に祭壇はあるらしい。祭壇の裏側は高い崖で、正面は長い一本道が繋がっているのみという祭壇の場所だけが不自然に沈んでいる形だ。
「どういう地形してんだよこれ……これも神獣の力なのか?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、だからこそ信仰されてたってことなんでしょ?」
強大な力を持つ存在が作り出した地形は他にもあるのかも知れない。あるいは自分達が何気なく通り過ぎる街道の下にも、忘れ去られ埋もれた文明などがあるのかもしれない。
そんな事を考えながら外の景色を眺めていたエルクリッドとシェダは作業を再開するも、壊れた石柱や風化した門の細工などからはこれといったものは見つけられず、顔を見合わせ首を横に振るのみ。
「セレッタ、そっちはどう?」
川に向かってそう声をエルクリッドが投げかけると飛び出すように
「もし水底に何かあっても、この流れでは既に奈落の底へ行っている可能性は高いでしょう。ですかご命令くだされば……」
「あんな底が見えないとこには行かせられないよ。ありがと」
礼を伝えながらセレッタをカードへと戻し、エルクリッドはため息をつく。祭壇に流れる川は滝となり、滝壺が見えない程に深く音と風と水しぶきだけが吹き上げてくるのみ。
外に手がかりがない以上は内部に戻るしかない。エルクリッドとシェダは祭壇の方へと歩き進み、そこで振り返るノヴァが何かを持って駆け寄って来た。
「エルクさん! シェダさん! これを見てください!」
やや興奮気味のノヴァが両手に持って見せてきたのは、青い水晶のような欠片であった。仄かに光を帯びて明滅するそれは美しく、それが何かというのはエルクリッドとシェダはすぐに察する事ができた。
「魔力の結晶……でもこんなに綺麗なのって……」
「はい、タラゼドさんとリオさんも同じ意見でした。ならこれはイリアに関わる何かじゃないかって」
魔法の源泉たる魔力は時として形となり、それは玉石や水晶といった宝石にも似た姿を取る。土地によってはそれが鉱脈のように眠り、資源研究が進められているという。
リスナーにとってはそれ自体はさほど価値はないが、ある種の魔物や精霊の追跡調査においては痕跡として魔力の結晶を探す事はある。
イリアの祭壇で見つかったそれはエルクリッド達が知るものとは比較ならない程美しく透き通り、まさに宝石そのもの。
もしこれがイリアの魔力の結晶ならば、何かしらの手がかりになり得るだろう。ノヴァに渡しながらエルクリッドはそう思い、やって来たタラゼドとリオとも顔を合わせ頷く。
「ノヴァの家のわたくしの部屋でなら、この結晶を詳しく調べる事ができます」
「それじゃあ他に何かないかもう一度調べて、それから一旦戻って調べましょーか」
「それがいいでしょうね」
タラゼドに答えたエルクリッドの意見にノヴァ達も同意し、再度の調査をしようとしたその時だった。
何かを察したリオが素早くカードを引き抜いて何かを弾き、エルクリッド達も遅れて弾かれた針のようなものが音を立てて落ちるのに気づく。
明らかな敵意が何処からか感じられ、それが正面口の門の上の方からと気づきエルクリッド達が目を向けるとスタッと何者かが降り立ち、白のローブで顔と身体とを隠し静かにノヴァの持つ結晶を捉えていた。
「それは人が持つべきものではない……渡してもらおうか」
冷徹さが感じられる言葉にエルクリッドがすぐに前に出てカードを引き抜き、魔力を込めて拒否の姿勢を示す。と、ローブの人物はじっとエルクリッドを見つめ、青く輝く瞳を細める。
「お前は……まさか……」
「あんたみたいな知り合いなんていない。何処の誰か知らないけど、あんたも悪い奴なら……」
一瞬ローブの人物が敵意を緩めたのをリオは察し、勇み前へと出ようとするエルクリッドの前に手を伸ばして制止をかけた。そしてすぐにここは私がと伝えて落ち着かせ、再び敵意を向けてくるローブの人物と相対する。
「アンディーナ国騎士団所属リオ・フィレーネと申します。この結晶については任せてもらえないだろうか?」
「人間を信じろと?」
「その口ぶりは人以外の存在、ですね? 名乗ってはどうですか?」
沈着冷静にリオはローブの人物に応対し、彼女に促される形でローブの人物は頭巾を脱いで顔を晒す。
極めて整った顔つきの美丈夫、透き通るような白い素肌に一つにまとめた銀の髪は美しい。
そこからリオはローブの人物が人以外の種族で、具体的なものも推測がついたが、それ以上に彼の左腕に巻きつけているカード入れからリスナーと気づき、ならばと話を進めた。
「私と手合わせ願います。あなたが勝てばこの結晶はお渡しします、私が勝てばこちらに、余計な争いをするよりは一度で決めた方がよろしいかと」
「我が名はシリウス。いいだろう、この神聖なる場においてカードの導きで決めるというならば、それに従おう。だが……」
シリウスと名乗った人物がリオの提案に乗るも、チラリとエルクリッドの方に向き彼女を指差しさらに言葉を紡ぐ。
「戦う相手はこちらが決めさせてもらう。彼女もリスナーならば、問題はなかろう」
提案者のリオではなくエルクリッドを指名するシリウスのそれは、誰もが驚きを隠せないもの。だが、指名されたエルクリッドはいいよと答えてすぐに前に進み、リオが制止しかけるも強い眼差しを見て一歩引いた。
「あんたが誰か知らないけど、あたしらだって目的があんのよ! やってやろーじゃない!」
強く勇ましく、揺るぎないエルクリッドはいつもと変わらない。と、ノヴァはそんなエルクリッドを見るシリウスの眼差しが、何処か哀愁を帯びてるのに気づく。
次の瞬間にはそれは消えて闘志となったが、まるでそれは誰かの面影を見ているようにも思えた。
NEXT……
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