迷うなあたし

「セレッタ!」


 ガクンと膝を追って倒れながらセレッタがカードへと姿を戻し、それを拾いながらズキッと走り抜ける衝撃にエルクリッドの顔が歪む。


 見守るノヴァやシェダ、リオにとっても目を見開く程にクロスとシュナイダーは無駄がなく、エルクリッドとセレッタの力と技とを真っ向から受けて立ち破ってみせた。

 圧倒的という点では以前遭遇した熒惑けいこくのリスナーことバエルとそのアセスがいたが、彼らとはまた異なる強さがそこにあった。


「すごい……上手く言えませんけど、とにかくすごい……」


 言い表すことができないノヴァの胸は高鳴り、彼女に変わり言い表してみせたのはシェダとリオの二人のリスナーだ。


「師匠のシュナイダーは氷の力を持つ九尾の狐。エルクリッドのセレッタとは似た戦い方をするから、あえてそういう戦いをしてみせたんだと思う」


「カードの使う間もエルクリッドと似ていますね。手本を兼ねた戦い方、と言えるでしょうか」


 確かに、とノヴァはクロスとシュナイダーの戦い方がエルクリッドとセレッタのそれと似通うのに気づく。

 その理由については、ノヴァの肩にそっと手を置くタラゼドが前を見ながら何かを思い、静かに語るはクロスというリスナーについてである。


「クロスはエルクリッドさんとよく似たリスナーです。アセスを信じ声をかけ、心を通わせ、それでいて秘めた思いを強く持っていて……正々堂々と相対するのです、昔も、今も変わらずに」


 タラゼドの言葉に耳を傾けていたリリルもまた、在りし日のクロスとの戦いを振り返る。決して諦めずアセスを信じ、正々堂々と戦い抜いて勝利を奪って行った数少ないリスナーの一人。

 それは今も変わらず、そして、そんな彼に似た弟子がいるのは運命か偶然かとも。


「……長く生きて、こうも面白いと思えるとはの……」


 静かに呟くリリルの視線の先にはエルクリッドがいる。多くを秘めたリスナーにして、かつてのクロスと重なる少女。カード入れへセレッタのカードをしまって深呼吸をし、パンっと両頬を叩きクロスとシュナイダーを捉える目に宿る闘志を更に燃やす。


(エルク、私が次は出ます)


(ううん、スパーダさんの事も師匠は知り尽くしてる。ダインの事は知らないけど、相性が良いとは言えないし……だったら……!)


 エルクリッドがカードを引き抜き、魔力と思いを込め始めると風が逆巻き、高くカードを掲げると共に熱風が吹き荒れそのアセスは召喚される。


「赤き一条の光、灯火となりて明日を照らせ! ヒレイ、よろしく頼むよ!」


 火炎旋風と言うべき炎が夜空を赤く染め上げ、エルクリッドの最も信頼するアセス・ヒレイがその雄々しくも強大なる姿を現し舞台に降り立つ。

 火竜ファイアードレイクのヒレイを前にクロスは顔を上げて目を合わせ、ヒレイも小さく頷きつつクロスをしっかり捉え声をかけた。


「師匠殿、こうして相まみえるとは……」


「良い機会だったからな。流石に、お前相手じゃシュナイダーだとキツイな……戻れ」

 

 特に反抗もなくシュナイダーはカードへ戻ってクロスのカード入れへと収納される。そして次のカードを引き抜く瞬間にクロスは手を止め、だがすぐに引き抜きカードを見つめた。


「……ヒレイを見てると別れた相棒を思い出す」


「確か……エックス、でしたよね? ファイアードレイクの」


 あぁ、とエルクリッドに答えるクロスの表情は穏やかとも、悲しみとも取れる柔らかくも影があるもの。

 すぐに前を向いてクロスはエルクリッドとヒレイとを捉え、フッと笑いながらカードへ魔力を込め始める。


「今は関係ない話だったな、すまない。だからといって手は抜かない……行くぞ、エルクリッド、ヒレイ」


「遠慮なく!」


 エルクリッドとヒレイが同じ言葉で答えると共にクロスもまた逆巻く風を巻き起こし、エルクリッド側から吹く熱風とぶつかり合う。

 そして断ち切るようにクロスが腕を振るうと風が止み、彼のアセスが召喚される。


「天を切り裂く翼広げる王者の一族よ、世界を護り未来へ飛べ! 行くぞ、カイ!」


 白銀の外骨格が煌めき、漆黒の鱗が美しくも雄々しく、強大なるアセスが舞台に降り立つ。

 四肢と翼持つドラゴン。ヒレイよりも一回り大きくファイアードレイクとは異なるドラゴンの降臨に、ノヴァの心が最高潮に燃え上がった。


「白銀の外骨格持つ黒竜……で、伝説のバハムートドラゴンですか!?」


「先代天竜将がその名と共にクロスに託し、彼と絆を深めさらなる力を得たアセスです……もう少し離れましょうか、ドラゴン同士の戦いは激しいですからね」


 伝説の竜とされるバハムートドラゴンを前にヒレイは怯まず翼を広げ雄々しく威嚇の咆哮を放ち、カイもまた金色の眼を輝かせながら威嚇し返し臨戦態勢へ。

 生態系上位に君臨するドラゴン同士が相まみえる事はあまりない。高い知性故に不必要な闘いを避けるのもあるが、そのぶつかり合いの余波を彼らは理解しているからだ。


 タラゼドがノヴァ達を少し下がらせてから結界を張ったのに合わせて二匹のドラゴンが翼を広げ、刹那に真正面から突っ込みまずは頭と頭をぶつけ合う。

 体格差の分だけカイの方がヒレイを押し込むが、すぐにヒレイは尻尾で舞台を叩いてその勢いを使い押し返しつつ飛翔する。そしてすぐさま口内に紅蓮の炎を蓄えると素早く吐きつけ、カイも翼を大きく羽ばたかせ天へと舞う。


「空ならあなたのが速く飛べる! スペル発動フレアフォース!」


 夜空へと舞うカイを追う形となるヒレイにエルクリッドの声が飛ぶ。発動されたフレアフォースの効果を受けて飛翔速度は増し、だがカイも追いつかれる直前で身を翻し白い火球を放って反撃しつつヒレイと組み合うのを避けて距離を取った。


 天空を舞いながら二匹のドラゴンは互いに赤い炎と白い火球とを放ち合いながら攻め、出方を伺いつつ時折頭からぶつかり合い、すれ違いざまに腕の爪で切り裂き合い、一進一退の攻防を繰り返す。


(外骨格がある分、防御力はカイのが上……ヒレイもよく戦ってくれてるけど、フレアフォースが切れた瞬間に決めるしかない!)


 エルクリッドがカード入れに手をかけ、と、一瞬クロスの方に目を向けて彼もまた既にカードを抜いている事、戦いの直後に言われた言葉が思い起こされカードを抜くのを躊躇ってしまう。


(迷うなあたし、止まるなあたし。アセスを信じてカードを使え……師匠にそう教わったんだから!)


 燃える闘志宿る目に光が灯り、エルクリッドが引き抜くカードが光を帯びた。それを見てクロスは小さく笑みを浮かべ、炎と炎とがぶつかり合い爆発を起こすのに合わせて二人のリスナーがカードに思いを込めてその名を叫ぶ。


「スペル発動ドラゴンハート!」


 ドラゴンの力を最大限引き出すスペルを受け、ヒレイは青い炎を、カイは白い光を口から溢れそうになりながら凝縮し相手目掛け一気に吐きつける。

 凄まじい息吹同士がぶつかると衝撃と風とが地上へ襲いかかり、青と白の色彩が空を染めあげた。

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