外伝 ミケラの日 

入沙界南兎《いさかなんと》

第1話ミケラの日 ー起ー

 皆さんはミケラの日というのを知っていますか?

 それは猫、妖精ケットシー達が暮らすケットシー王国の王都に住む、ケットシーの子供達が付けた名前なのです。

 これは、王国の末姫ミケラの産まれる少し前から始まる物語。



 その手紙は、出産まで三ヶ月程になったタマンサの元に届いた。


「なんで手紙?いつもみたいに自分で言いに来ればいいのに」

 送り主はお妃様だった。


 お妃様とはケットシー王国の王様のお妃様のことで、タマンサが十歳の頃からの付き合いだった。


 ここのところ顔を見ていないが、以前は月に一度は顔を見せに家に来ていたのだ。

 お妃様は影移動の使い手で、お城からこの家まで一瞬で来てしまえるから。


「それにこんな封蝋ふうろうまでしちゃって」

 しかも封蝋には王家の印まで押されている。

 王家からの正式な手紙と言うことであり、この手紙に手出ししてはならぬと言う警告の意味でもある。


 持ってきたのは王家選任として選び抜かれた忍びの里の者だった。


「なんか、イヤな予感がするな」

 タマンサは自分の勘を信じる方だった。


 結婚する前、お妃様と連れだって旅芸人をしていた頃、勘に何度も助けられてきたのだ。


 とは言え、お妃様には随分とお世話になっている。

 十歳の時に家出して、お妃様達の荷物に潜んでいたのがばれた時も、渋々ながら受け入れてくれたのはお妃様だった。

 結婚した時も、長女のロレッタが生まれた時も、長男のトランスロットが生まれた時もお城を抜け出してお祝いに駆けつけてくれたのだ。


「しかたないか」

 ぶつくさ文句を言いながら手紙の封を切る。


 そして、自分の勘が正しかったことを知る。


 手紙の内容は、


「あんたにかっこつけても仕方ないから手短に言うよ。

 知っての通り、あたしのお腹にも子供がいる。

 この歳で子供を授かるってのも複雑だね。

 それで、この間、先生に言われたんだよ。

 お歳なので、お腹の赤ちゃんか、あたしの命のどちらかしか助けられないって。

 もちろん、あたしはお腹の赤ちゃんを助けてとお願いしたよ。


 それであんたにお願いだよ、生まれた子供の面倒を見ておくれでないかい。

 生まれてくる子には王宮なんて狭苦しい場所より、外でのびのびと自由に生きて欲しい。

 王様とも相談して、いいよと言って貰えたから。

 お願いだから頼むよ」


 手紙を最後まで読み終わったタマンサは、

「あのくそ婆、生まれた子供をわたしに押しつける気か」

 と怒ってみたモノの、

「もう、しょうがないんだから」

 と手紙を優しく抱きしめた。


 その夜、帰ってきた夫に手紙を見せて、

「お妃様にはお世話になっているからね」

 と快諾を貰った。


 次の日、近くの影でたたずんでいた忍びの里の者に返事を届けて貰う。


 それから何事も無く、日々は流れていったが、出産予定日まであと半月となった頃に夫が砦に急に出張となった。

 魔獣の攻撃が激しく、壊れた砦の修復のためだ。


 ケットシー王の納める国、ケットシー王国。

 その王都の北の山に、魔獣の溢れ出す洞窟がある。


 魔獣の侵攻を防ぐ為の砦が作られ、そこで各国から集められた兵士達が日々、魔獣と戦っているのだ。

 もし、魔獣の侵攻を防ぐことが出来なければ、魔獣が各地で暴れて大きな被害をもたらすからだ。


 タマンサの夫は、魔法道具研究所で施設関係の主任をしていた。

 魔道研の施設隊は、その建設の速さと技術力の確かさで群を抜いていたので、砦の司令からのたっての依頼だったのだ。


「直ぐ帰ってくるよ」

 と出かけていった夫は、そのまま帰らぬ人となった。

 砦が魔獣の急襲を受け、部下達を先に逃がし、自分は逃げ遅れてしまったのだ。

 

 夫の急報を聞きタマンサは血の気が引いて倒れかけたが、

「倒れたら子供達が困る」

 となんとか踏ん張り、気丈に葬式も執り行った。


 しかし、葬式が終わった途端に産気づきサクラーノが生まれる。


 しかもサクラーノは夜泣きがひどく、一家はサクラーノに振り回される日々となった。

 生まれた子供に振り回される日々に、タマンサはお妃様との約束を完全に失念してしまったのだ。


 サクラーノが生まれて三ヶ月程たった在る夜、人目を避けるように馬車が家の前の止められ、生まれたばかりのケットシーの女の子を届けた。

 ミケラである。

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