むちゅう

@namakesaru

むちゅう

 真っ白な世界。


 霧の中をさまよっている。

 足元も、伸ばした腕の先の手さえも見えない霧の中。


 その霧の中を、何か手にあたるものはないかというように、伸ばした腕を左右に動かしながら進んでいく。けれど、その腕がとても重い。


 こんなに濃い霧ははじめてだ。


 動いてはいけない。もし、崖があれば一巻の終わり。

 頭ではわかっているはずなのに、何かを探している。


 遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。

 わたしを呼ぶ誰かの声。


 誰かの声が、泣いている?


 …ん、…ちゃん。…きて、おきてよぉ…。


 ハッとして、辺りを見回す。


 泣きべそをかきながら、私を心配そうに見つめる子供たちがそこにいた。


「うぇ~ん、よかったぁ」



 ここは…。湯船の中。


 …うん、思い出したぞ。


 さっきまで、子供たちと『どのくらい息を止められるかゲーム』をしていた。

 ごびょう止めたとか、じゅうびょう止めたとか言っているのをみていた。


「おかあちゃんはね、一分間息を止めることができてたんだよ」

「一分間って、どのくらい?」

「いーち、にー、って数えるでしょ? ろくじゅうまで数えたら一分だよ」

「すごい!」

「やってみて!」


 そうだった…。

「じゃあ、おかあちゃんが息を止めている間は、ふたりはお湯にもぐっちゃだめだからね、約束だよ」


 そう、だった…。

 せーの、で顔を湯船に浸けて、ふたりが数を数えるのを聞いていた。


 三十くらいまでは、しっかり覚えている。

 カウントがものすごくゆっくりで、もっと早く数えてくれないかな、と思った。


 そうして、一分はきついな、でももうすこし、もうすこしだけ、と思った気がする。


 なるほど…。

 あそこで気を失った、ということか。


 だから、頭の中が真っ白。霧の中。


『どのくらい息を止められるかゲーム』に、一番夢中になったのは母でした、ということ。

 子供たち、こわかったよね…。泣かせてごめんなさい。


 子供たちは、安心したのだろう、さっきまでより泣きじゃくっている。


 聞けば、浴槽をつかんでいた腕の力が抜けたことに気が付いて、顔をお湯からだして支えてくれていたらしい。


 賢い子たち! 反対に、おバカな母!


 どおりで、水も飲んでなければ息苦しさもそこまでなかった。


「ありがとぉ、ふたりともありがとう。良く気が付いてくれたねぇ」


 しがみついてくるふたりを両腕で抱きかかえる。

「大好きだよ」


 そういいながら、順番に。


 むちゅう。

 むちゅう。

 ほっぺにちゅうをしてくれた。


 アホな母でごめん。


 ほかの大人に言わないでね、頼むから。





























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