僕より君へ

@useki

僕より君へ

朝焼けに君が照らされている。

まだ昇りきらない太陽をほんの少し恨めしそうに見つめながら煙草の煙を吐き出す。

ここに来てから毎朝眺めてきた君の変わらない日課が今日はどうにも重苦しくて、僕にはそれが耐え難い。


「大好きな朝日になんでそんな睨みきかせてんのさ」


「今日はなんか眩しすぎてな、せっかくのいい気分が台無しなんだよ」


大きな欠伸一つこぼして、腫れてしまうのではと思えるぐらい強く目を擦りながらリビングに消えようとする背中を力ずくで連れ戻す。不満そうな声を聞き流しながらポケットの飴玉を口内に放り込む。ここにきてから毎日欠かさない僕の日課。


「いつも自分1人だけ先に戻るだろ。今日ぐらい僕に付き合えよ」


「それもそうだな。今日の仕事場で全部終わりだ、こんなことするのも今日で最後だもんな」


「もういっそ2人で逃げてしまおうか?」


ここ数日間頭の中に溢れてた言葉と同時に、死ぬ程まずい飴玉が口からこぼれる。この言葉そのものが僕に居場所をくれた人への裏切りだと言うのにだ。

全く気の進まない命令から始まったこの生活が気づかないうちに当たり前の生活になって、僕にとって何よりも大切な時間の一部になってしまった。そのせいで堂々と裏切りの言葉を口にしていると言うのに、君が賛同してくれることを期待してしまう。

これがとんでもない我儘だと言うことは分かっているし、万が一本当に君が賛同してくれたとして、僕が幸せを感じられるような今まで通りに暮らせる保証なんて全く無いと言うのに何も考えずに首を縦に振って欲しくて仕方がない。


「訳の分かんないこと言ってる暇があるんだったらさっさと仕事の準備しろよ」


「ダメっすか」


「遅れるから!つくづく馬鹿げてるよお前って奴は」


期待してしまったものとは違う答えに肩を落としつつ、不満を弾に込めて渋々仕事の準備を進める。

普段なら仕事中の作戦やら、それが終わった後の夕飯について雑談しながら準備するこの時間も楽しいはずなのに、お互いに口も聞かずに黙々と準備に集中するせいで今日に限っては憂鬱でしかない。準備の時間だけじゃなく、仕事場に向かう車内でもいつも響いてる笑い声は聞こえず、ただただ無愛想なエンジン音だけが耳に届く。

言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない、という後悔が今になって襲いかかって来る。本当に今日が最後になってしまうのだったら、君が言ったようにあんな馬鹿げたことを言わず、いつもより眩しい朝日を睨みつけておけば良かった。


「到着したぜよぉ」


「ありがとうぜよぉ」


「作戦はいつも通りに。近距離の命知らずバカはこっちで殺るから、遠距離のチキン共は任せる」


「任されたッ!」


さっきまでは後悔と不安でどうにかなってしまいそうだったというのに、仕事中はそれが幻とさえ思える程の日常で溢れ帰っている。

遠くから響く猿のような喚き、叫び、断末魔全部をかき消すように、ただ引き金を引き続ける。


「全くお前は何でライフル持ちをピストルで倒してるのかね?怖いよ全く」


「僕からしたら死角から襲って来る敵ノールックでぶち抜いてる君のが怖いよ」


血溜まりで靴下を濡らしながらこの地獄と天国を往復する僕たちの日常。このままさようならで納得できる程大人にもなれない一方で、それが叶うと信じられるほど成長が止まってしまってる訳でもない。いっそ何者にも興味を示さない程の無愛想か、何も知らない我儘なガキになれれば良かったのにとさえ思ってしまう。

そんな考えを誤魔化すように不味い飴玉を口に放り込む。


「家で言ってた馬鹿げた話しだけどさ、今日帰るのはあそこじゃなくて良いってことだよな」


「ああ……!!」


ずっと聞きたかった答えが突然耳に飛び込んできて一気に鼓動が早くなる。

敵の足音なんかじゃ遮られる訳もなく、鼓膜を破くぐらいに心臓の声がうるさくなる。

その音に負けないように叫んだただ一言が飴玉と一緒に口をついて飛び出す。


「後ろは任せな」


この仕事の最終目標はアジトにある機密資料の破棄だ。そしてその資料が保管されているであろう部屋はこの一本道を走り抜ければすぐ目の前にある。

扉まであと約100mそれだけで、今何よりも欲しくてたまらないものが手に入る。

扉まであと50m昂った鼓動が寿命を削ってるんじゃないかと思うほどさらに強く、早くなる。

扉まであと20m床を蹴る足にこれでもかというほどの力がこもる。扉まであと10mドアノブが見えて、それに自然と腕が伸びる。扉まであと


「いやぁ〜素晴らしい!組織の選りすぐりの精鋭を集めたというのに、まったく貴方には敵わんな」


「は?」


その声が響いた途端、背筋が凍る。

2人だろうと敵わない、強い弱いの問題でから外れた僕にとっての絶対的な支配者。俺たち2人でやる仕事の依頼人で、僕が所属する組織のボスだ。

この人が居るだけでゴールはすぐそこなのにただ手を伸ばす事さえ出来ない。


「ちょっと待て、こっちの組織とあんたらは同盟関係だろ?だからこの2人で仕事して、そもそもこの依頼出したのあんたじゃねぇかよ」


「いやぁ〜私は君のような勘の悪い奴は嫌いじゃないよ?全部罠さ。元々最初の仕事でうちのに君を殺らせる予定だったのだけどね、どうやら惚れ込んだみたいなんで罰も込めてあえて長く居させたんだよ」


「ほんとうにどういう事だよ」


「こういう事だ」


「さて、ラストファイトだお二人さん。いやぁ〜胸が躍るねぇ」



ボスの合図に合わせて君に銃口を向ける。

やっぱり逃げようなんて言うんじゃなかった。それは、僕にとって居場所をくれた大切な人を裏切る言葉だから、どれだけ辛くても我慢して絶対に言うべきじゃなかったのに、耐えきれなくなって言ってしまった。


「後ろで闘い方観てただろ?奴もお前もこの距離じゃ勝てねぇぞ、瞬で殺れる。辞めとけよ頼むから」


「僕もこの距離じゃ絶対に外さない。残念だけどこれでさよならだ」


「つくづく馬鹿げてるよお前って奴は」


君が動いた刹那に、重い重い引き金を引く。それと同時に生温い感覚が胸を伝って、鉄の味が口内に溢れかえる。

僕の撃った弾丸は君ではなく、ボスの額に風穴を開けている。負けた、完膚なきまでな敗北だ。

本当に僕はつくづく馬鹿げてるらしい。


「君は意地悪だな、今の絶対に首飛ばせただろ?嫌がらせかよ」


「そうだ」


「正直だな、直球かよ」


「お前みたいな嘘つきじゃないんだよ、嘘を交えた戦いはつまらなくて眠くなってしまうんだ」


「そうみたいだね、あくびが出てる」


「…..そうだ」


最期だってのに振り向きもせずに君は走り出すのを見届けて、また飴玉を一つ口に含む。

こっちは最後の最後に狙いが逸れたってのにしっかり致命傷を与えやがって、まったく容赦のない奴だ。容赦が無くて、頑固で、不器用で、真っ直ぐで何より強くて、面倒見が良くて敵ですら惚れ込んでしまう。大好きだった

口からこぼれそうになった飴玉を噛み砕いて腹の奥まで嚥下する。



「君はどうか幸せに」

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