第26話 修平の過去
澤正を出ると修平は春樹の車で、あかねのマンションまで送ってもらう。街中はさすが、お盆だけあって静かだ。
あかねと修平は後部座席に乗ったが、なんだか甘いムードが漂っている。玲香もそれを感じ取ったのか、助手席から静かに外を眺めていた。
修平には、あかねの想いが伝わってくるが、素直に受け入れる事が出来なかった。重い過去をどのように話せばわかってもらえるのか、唯々、それだけを考えていた。
高岳の交差点を過ぎて、一つ目の路地を北へ入って行くとあかねのマンションがある。
春樹があかねのマンションに車を寄せると、あかねが先に車から降りた。
「修平、頑張ってな!」「ママ、今日はありがとう、おやすみなさい」
「れいちゃん、おめでとう!幸せにね!春樹、れいちゃんを大切にするのよ」
あかねが春樹たちに祝いの言葉を述べていた。
修平とあかねは春樹たちを見送るとマンションに入って行く。
「修平さん、初めて、私の家に入るわね」
エントランスに入ると、あかねはインターホンに顔をかざす。すると、勝手にがっちりした扉が開いた。まっすぐに正面のエレベーターに乗り込む。修平は周りを見渡しながら、あかねのうしろをついて歩いた。
あかねが三階のボタンも押していないのにエレベーターが勝手に三階まで上がって勝手にドアが開く。
「すごいね、今は全部、顔認証なんだ。荷物をたくさん持っていても、これなら簡単に入って来られるね、豪邸だね」
部屋のドアが開いた。
「きれいだな、女性の部屋って言う感覚じゃ無いなぁ、なんだろう、清潔な部屋だけど、生活感がまるでない!ぽっかり、穴が開いているような、ママの心の中かなぁ。す~ごく暖かそうなんだけど、何にも無い」
「そう、れいちゃんも同じことを言っていたわ、もう、この年になると淋しくて・・・生きがいが無い・・・・・」
あかねが修平にすがる。
修平は部屋を見渡しながら
「人間、みんなそうなんだけどね、生きて行くって事はどうにもならない事ばかり~」
「水割りでいい」あかねが修平に聞く。
「薄くていいよ」
修平は分厚い絨毯に腰を下ろすと、壁に掛けてある油絵に目がいった。
あかねはそれに気がついて、
「モネの庭園のアーチストって言うの、バラの花が素敵でしょう 光の加減で表情が変わるみたい」
「そうなんだ、なんだか懐かしいような・・・・・ず~と眺めていられる」
修平は部屋を見渡しながら、
「でも、確かにさみしいね、猫とか犬とか飼ったら・・・・・」
「私、一人じゃ、面倒を見切れない」
少し間を置いて、水割りに口をつけると、修平がぼそっと話をしだした。
「そうだね、実は、私は若い時、岐阜に居たんだけどね、私は28歳の時に2つ下の女性と結婚したんだ。その頃、商事会社の営業をしていてね、会社が忙しくて・・・・・と言うか、売り上げの競争で、もう、必死に仕事していた」
「修平さん、岐阜なのね!市内?」
「んぅん!長良川の西側・・・・・岐阜グランドホテルの裏に住んでいたんだ。それで、30歳で課長になって、上司からも結構、期待されるようになると仕事がだんだんきつくなってきてね!ある時、3億の仕事が入ったんだけれどね、それが・・・・・チョット、ヘマをやらかして駄目になってしまって・・・・・」
「まぁ~すごい、3億の仕事って、どんな事なのかしら」
「韓国での天然ガスなどの現物取引だったんだが、ここぞって時に価格が大きく変動して、動きが取れなくなったんだ」
「商社って、きっと、大変なんでしょうね」
あかねが言葉を失った。あかねには難しすぎたようだ。
「話がずれたけど・・・・・そんな事もあって、女房に当たるようになっていたんだ。ちょっとした事でも、殴ったり、蹴ったり、物を投げたり、今、思うと精神的にかなり追い詰められていたのかもしれない」
修平があかねに煙草を見せると、あかねが化粧台からルースパウダーが入っていた容器を持ってきた。修平は煙草を一服、吸うと話を続けた。
「ある時、私はコーヒーを飲もうと思ってペーパードリップにコーヒー粉を入れて熱いお湯を注いでいたら、女房が『そのコーヒー ダメなのよ』って大声を出したんだ。何がダメなのかも知らずに、うるさいって言って、熱々のお湯を女房にめがけてかけてしまった。まさか、本当にお湯がかかるとは思わなかったんだけれど・・・・・丁度、女房がキッチンへ走り寄って来た時だったから、まともにかけてしまった。」
「えぇえ、奥さん、大丈夫だったの」
「しゃがみ込んでわめいていた。すぐに救急車を呼んで病院へ行ったのだけれど、あの時の爛れた顔が今でも頭に焼き付いている」
「奥さん・・・・・!」
「あぁ、かなり、ひどくて、たぶん、今でもあざになって残っていると思うが、もう、16年近く、会っていない」
「そう!奥さんも辛かったでしょうね」
「それで私は日常的にDVをしていたとして三年の刑を受けた。つまり、前科者だ。あの時、二度と家庭を持たないと私は心に決めたんだ。だから、ママの力にはいくらでもなるけれど結婚はダメだ。背後から応援する事くらいしかできないんだ。あの時、女房がダメって言ったのは、コーヒー豆にカビがはえていたようだ、それを私に教えようとキッチンカウンターに置いていたらしいが、目の前にあったのでつい、私はお湯を沸かしてコーヒーを淹れていたんだ。だけど、どうして、あの時、沸騰したお湯をまいたのだろうか、ハァア~、本当に私は馬鹿だった」
しばらく、沈黙が続いた。修平のたばこの煙が天井に上がって行く。
「でも、罪は償ったじゃない」
「そう言う問題じゃ無いんだ、一度ある事は二度あるという、ママに不幸があってはいけない、わかってもらえるだろうか、こんな話をした以上、もう、ママに会う事も無いだろう。帰るよ!」
「待って、そんなの勝手だわ、前科者がなによ、私はへっちゃら、殴られてもいいし、蹴られてもいいから、そばに居て!」
「私はそれがいやだから、そうはなりたくないから、会えないって言ってるんだ、わかってくれ」
修平は、そう、言い残すとマンションを出て行った。
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