第19話 玲香の告白
「ママ、そう言えば、さっきから、なんか甘~い――いい香りがするけど・・・・・気のせい??」
「あ~ぁ、それはね!クチナシの香りよ!ほら、あそこの化粧台にある白い花、いい香りでしょう!」
「やっぱり、私、このワインかな~って思ったんだけど、ワインを離しても香りは遠ざからないし・・・・・そうなんだ、本当だ、包み込むような甘~い香り」
玲香が化粧台に行って、青い花瓶に生けてある白い花の香りを楽しんでる。
あかねが玲香のグラスに2杯目のオーバス・ワンを注ぐと、
「この赤ワインもジューシーな香りだけど、私はやっぱり、クチナシの香りが好きかも!」
玲香はワインを口にしながら・・・・・ゆっくり、喉を通すとあかねに話し出した。
「あのね!ママ、私がハルキに一番最初に出会ったのは、私がお客さんを乗せて走っている時、自転車と事故したの。あとで、あれは自転車の単独事故だってわかったんだけど、あの時、事故を起こした時、会社に連絡をしたら、班長が来て、すぐに警察も来て、お巡りさんに事情聴取されて身動きが取れないので、ハルキが私の代わりにお客さんを送ってくれたの!その料金って、お客さんからいただけないからって、事故を起こした人に請求が来るの」
玲香が自分の髪にふれながら、
「つまり、私がタクシー代金を払うはずだったんだけれど!春樹はその料金が私にかかってくることを知っていて!メーターを入れないでお客さんを送ってくれたらしいの。課長が教えてくれたけど、『なんで、メーターを入れんのだ』って怒ったら、『何も知らない新人が事故を起こして、違反や罰金・自転車修理代なんて請求したらすぐに辞めちゃうだろ』って、なんか、すご~く嬉しくて、見返りって求めない人なの。あの時、私、この人だと思った」
「そうだね、わかるわ、だって、『ありがとうございます』だもの、
思い出したら、また、おかしくなっちゃった、面白い子、春樹って!」
「キスをしようとした時?」玲香が聞いた。
勝川公園での車内の出来事の話だ!
「そう、でも、結局、キスはしなかったのよ、よかった、しなくて!」
「でも、ママに助けてもらったから 、今、ハルキと一緒に居れるの、あの時、力になってもらえなかったら、まだ、付き合ってもいないかも!でも、面白かった。現場検証しなきゃわからないって・・・・・ママがやれ!って言ったのよ」
「まさか、それをれいちゃんが本当にするとは思わなかたっわ」
玲香が自慢げに
「で、あの日、ハルキのゴミ屋敷に行って、私は昨夜、抱かれたんだから責任とれってハルキに迫って・・・・・あれって、心の強姦だったかな、後悔してないけど」
「今あるのは、あの行動力の賜物でしょ」
「そう、ママ、本当にありがとう」
そんな事を話しているとワインが空になった。
「ワイン、無くなったわね、どう、まだ飲みたいならお店にドンペリがあるけど、あ、そうだ、れいちゃん、お店に行ってボトルにスカンクを描いてもらわないと、村井さんや島さんが来た時、困ってしまう、今からお店に行って描いてよ、まだ、22時だから時間あるでしょう、ドンペリ、おいしいよ、ね!」
二人はタクシーを捕まえるとお店に向かった。
いいちこ、3本、角、5本、白州、1本、玄武 2本、計11本
玲香がマジックペンでスカンクを描いていく。お尻の吹き出しに〔ぷっう・玲香〕と入れる。
あかねがドンペリを進めたが、玲香はライムサワーを好んだ。あかねは描かれたスカンクの下にお客さんの名前を丁寧に入れている。静かなひと時だ。玲香が話し始めた。
「ママ、私ね 17歳の時まで 飛騨市宮川町に住んでいたの」
「飛騨市って、高山の?」
「そう、あのね!今から17年前、私が17歳の時、2004年10月20日に大きな〔台風23号〕の被害を受けて、私の家も水害で全壊した!」
「台風23号、なんか聞き覚えがあるわ。そうなの、大変だったわね、その頃って私は横浜にいたかしら」
玲香が左首をさすりながら、話し出した。
「その時に・・・・・父は流れて来た土砂に埋まって、亡くなったの!」
「お父さんが、亡くなったの、辛かったわね、そう!」
あかねも涙目で玲香の話に耳を傾けた。
「しばらくは私たちは避難所で新たな住居を探していたんだけど、母は国から、お金をもらうと詳しい事は知らないけれど、当時17歳だった私と10歳の弟を連れて東京に行ったの」
「親戚の人たちは,助けてくれなかったの?」
「父の実家も山崩れで家がつぶれて大変だったみたい。それで、母は若い頃、東京に住んでいたらしく生活環境は東京の方が手っ取り早いと思ったらしいの。私は高校継続の道もあったんだけど・・・・・。あきらめて、母について東京の喫茶店で働いた。でも、その頃知り合った不良仲間と遊ぶようになってからは家にも帰らなくなってたわ」
「そう、きっと、淋しかったのね」
「母も色々大変だったみたい。弟の雄太をベビーシッターに預けて夜の仕事をしていたんだと思う。その頃、雄太を連れてゲーセンに行って遊んでいたら、女友達ができて、それを雄太が母に言うものだから、『雄太をおかしな所に連れて行くな!』ってす~ごく怒られた、それで今度は不良仲間と遊ぶようになると家に入れてもらえなくなった。それに私は、遊ぶお金欲しさに仲間と色んな事に手を染めて、気が付いたら・・・・・AV女優をしていたの。動画、一本撮影すると、企画に寄るけど20万から30万、月に10本出れば、2百から3百は稼げたよ」
あかねは驚きもせず、平然として聞いた。
「AV女優って、そんなに稼げるものなのね、じゃあ、れいちゃんのビデオ、ビデオ屋へ行ったら、まだ、あるのかしら!」
「私の契約会社は、Webサイト上の動画撮影だから、DVDの販売会社とは違うの、だから、Web上で調べれば私の動画が出てくるかもしれないけれど、アダルト動画なんて、山ほどあるから、それに新しい動画がどんどんUPされているから、私の動画なんて、よっぽどでないと出て来ないと思う。ただ、私の動画を買ってダウンロードしている人たちであれば、いつでも見る事はできるけど、それが私だってわかる人っていないと思う。だから、ずーと、心の中で閉じ込めておけばいいと思っていた」
あかねが角瓶のハイボールにライムの搾り汁を加えてる。
玲香は3杯目を口に含むと・・・・・。
「なのに、ママは疑っているし、結局、過去って、身体にしみついていて、私の行動の一つ一つに見え隠れしているんだと思った。おしりを触られても、別にどうって事はないし、今まで私は体張って生きていたわけだから、ヌードになれって言われれば躊躇ちゅうちょなく裸になれるもの」
あかねはその話を聞くと、
「悪かったわね、ごめんね、だけど、心の底では、そうじゃないかなって少し思っていたわ。私にはAV女優になる環境って無かったから、足を踏み入れる事もなかったけれど、横浜で十年以上かな・・ヘルスで働いていたの」
「そうなんだ!ママも一緒なんだ!」玲香が目を大きくして言った。
あかねが続けて、
「デリヘルもやったわ。俗に云う風俗嬢をやってお金を稼いで、この店を持つ事ができたのよ。れいちゃんのAV女優とは、また、違うのかもしれないけど、私は1日、3人も4人もの男を相手にしていたから、男の数なんて千を超えてるかも・・・」
「すご~い!」
「でも。れいちゃんは、その一時期だけだった、としても、記録に残っているわけで、それが、今でも心の底に闇になって潜んでいるのだとしたらツライわね。でも過去は過去よ、れいちゃんは堂々と生きていいのよ」
「でも、人には言えないよ」
「何も過ちはしていないでしょう、れいちゃんも私も、今まで通り、精いっぱい生きて行きましょうよ。ありがとう、聞かせてくれて・・・・・春樹はその話、知っているの?」
「何も話していないし・・・・・話せない」
「そうね、でも、いつかは話す時がきっと、来るわね」
しばらく経ってあかねが急に泣き崩れて言った。
「わたしって、馬鹿な女、聞いたからって何をしてあげられるの、結局、私は自分の同類を求めていただけで・・・・・なんだろう!れいちゃんも私と同じような世界で生きていた女、同じ境遇の女じゃないかって〔同類哀れみを乞う〕じゃないけど、私だけじゃない、れいちゃんも同じだって思う事で心の浄化っていうのかな、ただ、私の不安を解消したかっただけなのかもしれないわ。今、私、それに気づいた。ごめんね、自分が情けない、聞いてはいけなかったのかも、許して・・・・・」
「ママ、そんなに自分を責める事ないよ、私、ママに聞いてもらって少し、心が軽くなったような気がする。ママも私も似たような生き方をしているんだと思ったら、すこし、勇気をもらったような気がする。やっぱり、私たち、姉妹よね!これ、ママと私だけの秘密だからね」
時計を見ると、いつの間にか0時を過ぎていた。玲香は春樹のタクシーをよんだ。ものの5分で春樹はやってきた。ほろ酔いかげんのあかねは後部座席に先に乗り、仏頂面の春樹を背後から顔を出して言った。
「春樹、こないだは悪かったわね!私が全部悪いんだから、れいちゃんを責めないでね!本当にごめんなさい!・・・・・私、あやまっているんだから、れいちゃんに八つ当たりしたら怒るわよ、頼むわよ・・・・・春樹」
助手席に玲香が乗り込む。二人ともだいぶん出来上がっているようだ。
あかねと玲香は、シートにもたれてスカンクを注文のボトルに全部書いたかどうか、確認している。
マンションに着くと、あかねは、一万円札を春樹の肩に押しつけると、
「仲良くね」と言って降りて行った。
春樹は自宅に向かった。
「たのしかったなぁ~」
玲香が助手席で声を上げる。
「ご機嫌なんだな」
春樹は、ほろ酔いの玲香に何かしら、愛しさを感じた。
「ママとは、すごく気があうんだよね!私のお姉さんみたい」
玲香は、春樹の首に腕を巻きつけようとしたが、春樹はそれを振りはらった。かなり、酔っているようだ。
マンションのエントランスが見えると、
「ねぇ、今日は早く帰ってきてよ、どうせ、晩飯、食べていないでしょう、
塩焼きそば作るから、一緒に食べようよ、待ってるから!」
そう言うと玲香は、アルコール臭い唇を重ねてきた。
春樹は顔を背けてキスを嫌うと、
「クセィ~酔っぱらい、いいから早く降りろ!気をつけろよ、転ぶなよ!」
玲香は少しふらつきながら振り返る事も無く、手を大きく振ってマンションにスタスタと入っていった。
まだ、午前1時前だ、早く切り上げるにしても早すぎる、春樹はもう一踏ん張りしようと街に戻った。
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