心中
昼浦満
第1話
空も青く、太陽も眩しい。そんな中、僕と亜子だけが暗い顔をしている。震える亜子の手を握った。もうここまで来たら、あとには退けない。
ビビりビビり、とアイツの声が頭の中からした。歯を食いしばる。こうするしかないのだ。見返してやるのだ。
遠くに山が見えた。僕らが育った町は、あの向こうにある。
「大丈夫。怖くないよ。僕も一緒だから」
亜子は顔を上げさえしなかった。長い黒髪で表情は見えないが、怖がっているのは分かる。
「……そっちこそ、怖いくせに」
乾いた笑いが漏れる。しまった。声は震えていたか。
決めたのは僕だ。だがやはり、怖い。
ガタン、ゴトンという非情な音と共に、僕らは確実に前に進んでいく。気がつけば、今まで登ったことがないくらい高い場所にいた。今までいた場所が、ひどく小さく見える。黄色の光が亜子を照らす。全ての終わりに相応しい、彩度の高い、美しい世界だった。
僕らは今から、ここから落ちる。
「来世でもまた、会えるといいね」
ここに来て初めて、亜子は顔を上げた。さらさらと髪がたなびく。はにかんで笑う。
「……大袈裟だね」
ふわりとした、優しい笑顔。それだけで十分だった。やっと覚悟を決めた僕は、前方をまっすぐ睨む。一瞬静かになって、ふわっと体が浮いた。
グッとかかる風圧。ひゃっという小さな悲鳴。目は閉じなかった。風を切って、まっすぐに、すごいスピードで。
僕らはひたすら落ちていく。
その、2分後。
「……生きてる」
「生きてるね」
僕と亜子は思い切り抱きあった。
「うわあああん!生きてるよお!」
「…‥何言ってんのあんた」
里子が怪訝そうにこちらを見ている。僕はきっと里子を睨む。
先ほど乗ったのはこの遊園地の目玉、ハイジャンボジェットコースター。何とも恐ろしい乗り物だった。
事の発端はポップコーンだった。
「せっかくだからLサイズにするべき」
「そんなにあっても食べきれないでしょ。高いし。Mサイズにしときな」
「そうだよ里子」
「やーいやーいビビりビビり!」
「ビビってないし!小学生か!」
「ねえちょっと落ち着いてよ……」
里子はふんと鼻を鳴らし、後方にそびえるジェットコースターを指差した。
「ビビりじゃないって言うなら、あれに乗ろう」
「はあっ!?」
素っ頓狂な声が出た。今までジェットコースターなんて乗ったことない。それは隣の亜子も同じだ。里子もそれは知っている。だからこんなふざけた口調で挑発してくる。
「真由と亜子、どっちもあれに乗るんなら、言うこと聞く。ま、怖いなら無理強いはしないけど〜」
売り言葉に買い言葉だった。気づけば答えていた。
「乗る」
「まあ、うん。あんなこと言って悪かったって。ごめん。でも楽しかったでしょ?」
案の定ジェットコースターは怖かった。これで死ぬんだと冗談抜きで思った。まだ腰が抜けている。絶叫系が大好きな里子はわざわざ席を選んで後ろにした。正気とは思えない。
だが次の瞬間、僕はそれこそジェットコースターの頂上から落ちたような衝撃を受ける。亜子がふわりと笑ってこう言ったのだ。
「……怖かったけど、楽しかった」
開いた口が塞がらなかった。え、何それ、何なの、裏切り!?
「え、マジか!やった!じゃあまた一緒に乗ろうね!」
興奮して飛び跳ねる里子に、亜子は頷いてみせた。そして、魂の抜けた顔をしている僕の手をぎゅっと握った。
「真由がいてくれて良かった。……次はきっと、3人で一緒に乗ろう」
数分前、励まそうとして握った手は、僕より何倍も強かった。
「お、いいねいいね、乗ろ乗ろ!」
亜子の手を握り返した。今度は優しく。
「次は何乗る?」
「観覧車」
「ちょっとちょっと、ポップコーンは!?」
亜子にそう言われたら、断れるわけがない。怖かったけれど、きちんと見ていた。
頂上から見えた、全く新しい空。あの彩度の高い、美しい世界。あれをまた一緒に……今度は、里子とも一緒に見られるなら。
頂上から見えたのは終わりでなくて、新しい始まりだった。
心中 昼浦満 @394buki
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