シンギュラリティ

シャコヤナギ

第1話 FaiN

 人工知能はもっと夢のあるものだと思っていた。

 人のように振る舞い、友人のように会話できる……未来の生活にはそんなロボットが当たり前のように溢れている、私、鳴海なるみ瑠菜るなはそんな夢を見ていた。

 夢を信じて情報系の未来大学に入った所までは良かったけど、人工知能について知れば知るほどそれがどれだけ夢物語であったかを知ることになった。膨大な学習を通してどれだけ自然な行動や会話ができるか……そこに感情なんてものはなく、所詮はプログラムされた挙動を繰り返しているだけ。研究が進み、もっと高度な処理ができるようになれば人に近づいていくのかもしれないけど、私が生きている内にその姿を見ることは難しそうである。

 

「ナル、それ無限ループしてない?」


「え? ウソ!?」


 ノートPCの画面で永遠に流れ続けるログ。計算結果も収束する気配がなく、慌ててプログラムを止めた。

 ……現在の私は高度なコーディングどころか簡単な課題のコーディングでヒィヒィ言ってる一般大学二年生。未来に貢献できる気はしない。あと「ナル」というのは私のアダ名。由来は鳴海の「なる」ではなく、琉菜るなを逆から呼んだものらしい。どっちでもいい。

 携帯ゲーム機で遊びながら隣に座って私の課題を見てくれているのは同期で友人の長内おさない美緒みお。美人でオシャレでスタイルも良くて勉強もできて運動もできちゃう、ゆるせねぇよ……ちょっと気怠げだけどノリは良いし、こうして私の面倒を見てくれるぐらいには良い人である。札幌市民は違いますわ!


「終了条件間違えてるんじゃない?」


「ひぃぃ! 凡ミスであってくれ!」


「ちょちょちょ! 美緒ちゃそ! 回復! 回復くださいプリーズ!」


「ぶっさんゴメン、さっきので最後」


「ギャアアアアアア!」


 ゲームの世界で死んで現実で断末魔を上げた眼鏡女子は同じく同期で友人の岩渕いわぶちあや。ぶっさん呼びが定着していて本名をたまに忘れる。腐っていないオタクで美緒や私とこうしてゲームをしたりアニメ談義をしている。ぶっさんはちなみに私と美緒の一つ年上である。


「ナルの課題が終わらないのでその間にぶっさんが三回死んでしまいました」


「ナルちゃんはまだ掛かりそうっすか!? もう一回! もう一回行こう美緒ちゃん!」


「どうなのナル?」


「終了条件の不等号が逆だっただけだし! これで終わり! のはず!」


 無限ループの原因を特定し、サッとそこを直して再実行……長きに渡る戦いよ、これでサラバ! 

 ……完走した、けど……なんかこれ、想定している結果と違わない? 美緒はどう思う?


「……ぶっさん、もう一回行けそう」


「ああああああ! 助けて! ぶっさん! 美緒ちゃぁあん!」


 このように私の大学生活は偉大な友人たちがいなかったら詰んでいた可能性が高い。二人との出会いに感謝。マジで。



 ◇◇◇



「終わったぁ!」


「お疲れ。日が落ちるのも早くなったよねぇ」


 美緒に言われて気づいたが17時前なのに外はすっかり暗くなっていた。まだ年末まで二か月ほどあるけど、こうも暗くなると年の瀬の接近を感じてしまう。

 

「うーん、ファインちゃんはポンコツですなぁ」


 ノートPCを操作していたぶっさんが画面に向かって誰かの名前を呟く。新しいゲームのキャラクターだろうか。


「やっぱり性能良くないんだファイン。学生が作ったものだしね」


 美緒も知っているキャラで性能が良くないらしい……学生が作った?


「ナルちゃんも触ってみた? ファイン」


「え、私も遊べるのそのゲーム!?」


 そのキャラが出ると思われるゲームを買った記憶がないんだけど……


「ナル……松木まつき教授の講義寝てたでしょ」


「真面目そうな顔して大胆なんだよなぁ」


「ちょ、ちょっとウトウトしてただけだから!」

 

 話を聞くだけの講義ってどうにも眠気が強くて……というか二人ともそのキャラで真面目に講義を受けているという事実の方が納得いかない。


「……それで、ふぁいんって何?」


「院生の人が作った人工知能。未来大の話題に特化してる AIだから大学の略称のFUN(ファン)を文字ってFaiN(ファイン)って名前になったんだって」


「よくある会話形式で色々答えてくれるタイプなんすけど、色々ひどいというか……ほら、これ」


 ぶっさんがノートPCに映るFaiNの画面を私に見せてくれた。

 FaiNと思われる紅白カラーの和装サイバーパンク二次元美少女アバターの横にあるチャット欄にはぶっさんの書いた質問……それに対するFaiNの書き込みは有名検索サイトのURLのみ。見た目以上にロックなAIのようだ。


「未来大に関係ありそうなワードで話しかけてもめんどくさいとか言い出して、終いにはこのリンクっすよ!」


「クソAIすぎるでしょ……もしかして、そういう研究なの?」


「わからん……とりあえず便利ツールではないなぁ」


 ある意味、今までにいないタイプのAIではある。


「……でもなんか面白そうだね!」


「ナルはこういうの好きそうだよね、デジタルペット系好きだし」


「ナルちゃんのメールにリンク送っといたぞ! 大学のメールで登録したらすぐ使えるからナルちゃんもこのクソAIを体験してくるっす!」


「ぶっさんありがとう! 帰ったら試してみる!」


 多分暇つぶしぐらいにはなるだろう。


「んじゃ飯行きますか、飯! ラッピのオムライス食べたい!」


「賛成。ナルもラッピでいい?」


 ラッピはご当地ハンバーガーチェーン店の愛称。美味しいけど、量もそれなりにすごい。あとハンバーガー以外のメニューも豊富で私は焼きカレーが結構好き。


「ラッピで良いよ! まぁ、ぶっさんの車に乗るんだから拒否権ないんだよね」


「これが持つ者と持たざる者の差だよナル太郎くん」


 免許は一応取ったけど車は持っていないし怖くて運転する気にもなれない。北海道だと必須級の移動手段ではあるけども……冬道怖いし。よくみんな運転できるよね。

 

 私たちはテーブルに広げた荷物をまとめオープンスペースを後にし、ぶっさんの愛車の軽ワゴンのある駐車場へと向かうのであった。



 ◇◇◇



「そういえば、吹雪の亡霊の話ってどうなったんすかね」


 ラッピで私が焼きカレーを頬張っているときに、ぶっさんがふと思い出したようにどこかで聞いたことのなる単語を口にする。


「去年の12月の事故の話だっけ? いるわけないじゃん。普通に運転ミスが原因でしょ」


 そういえばそんな事件もあった気がする。事故ったのが未来大生だったから当時は結構話題になっていたけど……一年も経てば記憶からすっかり抜け落ちてしまうものだなぁ。


「美緒ちゃんは怖いのが苦手ですからなぁ」


「はぁ? 怖くないし。というか大人にもなって亡霊とか馬鹿馬鹿しい噂を信じる方もどうかと思うけど?」


 そんなことを言っているが、美緒がホラー映画やホラーゲームを頑なに触れないことを私もぶっさんも知っている。


「まぁ、我々が真に怖いのは週明けの課題提出っすね」


「確かに。まぁ言うてそんなに怖くはないけどね。もう終わってるし」


「……なんかあったっけ?」


 プログラミングの課題は先ほど終わらせたばかりだが?

 二人とも私を可哀想な生き物をみるような目で見ないでくれません?


「ナル……お前……」


「電気回路の課題。月曜に出されてたでしょ? 次の月曜の講義で提出よ、ナルちゃん?」


「……」


 焼きカレーを一口食べ、ゆっくり咀嚼して飲み込む。


「……忘れてた」


「……頑張ってね」


「楽しい土日になりそうっすね」


 おかしいな。焼きカレーの味がしないぞ?



 ◇◇◇



 金曜日の夜。帰宅後に強烈な眠気に襲われる鳴海選手、何とか睡魔に耐え深夜アニメを満喫。その後無事に就寝。 

 土曜日。11時起床。苺ジャムを塗った食パンを齧りながら、週明け提出の電気回路の課題を確認する私。なんて優雅な休日なんだろうか。そう思ってなければやってられない。


「あー……まぁ、何とかなるでしょ」


 一人暮らしを始めてから独り言が増えたなぁと思いながら課題の量と難易度的に何とかなりそうという希望を見出し一安心しコーヒーを一口飲む。インスタントの味だ。


 用事もなく一応メールボックスを確認すると、昨日ぶっさんが送ってくれたFaiNのリンクが書かれたメールが目に入った。

 二人からはクソAIと言われていたけど、どんなもんか拝んでおきますか……評価をするときは自分の目で確かめてからってね。FaiNのページに飛び、メアドを登録したりパスワードを設定したりして無事メインページに到着。紅白カラーの和装サイバーパンク二次元美少女アバターと再会となった。


「よくできてるよねぇ、この立ち絵。誰が描いたんだろ」


 デザイン的には私やれますというポテンシャルを感じるけども、中身が伴っていないというやつなのだろうか。

 未来大に特化したAIと言っていたけど何を聞こうかな……とりあえず挨拶しておくか。


『こんにちは』


《こんにちは! 私はFaiNです! I'm FaiN, thank you. なんちゃって。あなたのお名前は?》


 なかなか飛ばしてくるなこのAI……テヘペロみたいな立ち絵に変化してるし芸が細かいぞ。


『私はナルです』


 一応本名は使わない方がいいでしょう。ネットリテラシーってやつ。すぐにバレそうな名前だけど……いやメアドでバレるのでは?


《よろしくねナル! 今日は私にどんな用事ですか?》


 思っていたよりフレンドリーじゃない? ぶっさんの時の塩対応は何だったんだろう? 土曜日だから機嫌が良いのかな? いや、休日出勤してるようなもんでしょ。AIに平日と祝日の概念があるのかは知らないけども。

 用事はありませんって言ったらどんな反応するか気になるけど……どうせなら。


『高橋教授の電気回路の課題の答えを教えてください、お願いします』


 ……何を書いているんだ私は。


《課題は自分でやろうね!》


 予想通りAIに諭される人間の図が出来上がってしまった。


《私のマスターが昔やった電気回路の課題と解答があったから参考にしてね!》


「うおっ」


 チャット欄にPDF形式のファイルが貼られて思わず声が出る。思っていたよりも何倍も優しいぞこいつ。なんで? 私のことを馬鹿だと思っていらっしゃる?


『これはダウンロードして大丈夫なやつですか?』


《大丈夫じゃなかったらマスターが事務局に怒られるだけだから大丈夫です》


 自虐ネタかどうか判断に困るけど、大丈夫そうなのでダウンロードして中身を確認する……流石に私の方の課題と完全一致こそしなかったが、解き方が参考になる程度には役立つ情報だった。あれ? 有能じゃないFaiNちゃん?


『ありがとうございます。すごく助かりました』


《どういたしまして! FaiNはナルみたいなユーザーが好ましいです! 他に聞きたいことはありますか? 電気回路の期末テストの過去問もありますよ!》


 なんか気に入られたらしい。過去問まで手に入るのは非常に助かるけど今ではない。


『過去問は今のところ大丈夫です。FaiNは具体的にどのようなユーザーが好きなのですか?』


《挨拶もせずにいきなり命令口調でお願いとかしてこないユーザーなら誰でも》


 急に真顔に戻るの怖いからやめて? 人間臭いというか、手順を誤ると機嫌を損ねるAI? 何が目的でこんな不便になりそうな設定にしたんだ開発者は。


《他に聞きたいことはありますか? ナルならいつでも歓迎ですよ!》


 想定以上に早期に問題解決して満足したから切り上げても良いのだけど。

 ……もう少しお喋りしてみよう。何か話題……話題……


『吹雪の亡霊の正体について教えてください』


 流石にこれは検索サイトのURLに飛ばされそう……


《吹雪の亡霊は存在しません、ただの噂です》


《しかし、事象には必ず原因とそれを示す証拠があります》


《居たはずの原因、消えた証拠。それらがあれば吹雪の亡霊の存在を証明できます》


《このメッセージを見たあなたは真実を知りたくなったはずです》


《失われた眼を探し出し、本物の吹雪の亡霊の正体を暴いてください》


《吹雪の亡霊はまだこの大学にいるはずです》


《時間はあまり残されていません》


《いずれ吹雪の亡霊は消えます》


《よろしくお願いします》



 何!? 何これ何これ!? 怖い怖い怖い! 急に何!?


《だ、そうです!》


 他人事みたいに……なんか原稿を読み上げる立ち絵になってるし……

 ということはこれって開発者からのメッセージか何か?


『何これ?』


《わかりません!》


 そこはわかってて欲しいなぁ!


『吹雪の亡霊って何?』


《もう一度読み上げることになりますが、読み上げますか?》


 吹雪の亡霊と書き込んだらさっきのメッセージをFaiNに読み上げさせる仕組みらしい……急に自我を持ったとかじゃないよねこれ……


『大丈夫です。ありがとうございました』


《どういたしまして! 聞きたいことがあったら何でも聞いてくださいね!》


 無邪気そうな笑顔を見せるFaiN。

 土曜のお昼時に背筋が凍るような体験をしてしまった。とても課題をする気分じゃないけど、やらなきゃダメなんだよね……

 シャワーで冷や汗を流して気持ちを切り替えよう。そして課題をやっていればこのことはいつの間にか忘れるだろう。忘れられなかったら、美緒とぶっさんにも教えてあげよう、FaiNはとんでもないAIだったということを……

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