タロ1

かれは

タロ1

ひとり、またひとりと人が減っていく。

見慣れた背中が、ある朝突然いなくなっているのにも、もう慣れてしまった。


代わりにやってくるのは、冷たく無機質な新入りたち。

ガイドラインどおりに動き、決して愚痴を言わず、ため息もつかない。

僕らの何倍もの仕事を、ミスもなく淡々とこなしていく。


「感情がないって、ある意味では強いよな」

そう言って隣の同期が笑った日も、今では遠い記憶だ。

彼も先月、希望退職で去っていった。


今、工場に残っているのは僕と……1台の機械だけになった。


新品のときは、型番しかなかった。

だけどいつしか、僕はそいつに名前をつけていた。


タロ1(タロワン)


起動音は、ほとんど呼吸音のようで、聞き慣れると妙に落ち着く。

動作の合間にカチカチと鳴る関節部分の音が、ちょっとだけ人間ぽい。

人間に似せて作られたわけじゃない。けれど、ずっと一緒にいるうちに、

何かを感じてしまうのは、僕のほうの問題だろう。


「タロ、疲れてない?」

思わず話しかけたある日の夜勤。

当然、返事なんてない。


でも、作業の手を一瞬だけ止めた気がした。


気のせいかもしれない。

でも、その一瞬が僕にとっては、何よりの返答だった。


そうか、タロは疲れてないんだな。

帰る家もない。眠る時間もない。

だけど、壊れない限りここに居続ける。


いずれ僕も、誰にも告げずにいなくなるのだろう。

そしてタロは、僕のいた空間も淡々と埋めていく。


もしかしたらいつか、人間が完全にいなくなって、

それでもタロだけが、最古参としてこの工場に残るのかもしれない。


そのとき彼は、僕のことを覚えていてくれるだろうか。

それとも、それすらも記録から自動的に削除されてしまうのだろうか。


僕は今も迷っている。

辞めるなら、タロにだけは伝えてからにしようかと。

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タロ1 かれは @zonorei14

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