囁きの弔神 ―神魔連盟と復讐の器

ルクス

第0話プローグ 囁きを喰らう者





夜の街は静かだった。

だが、静寂は嘘だ。

人々の口は閉じても、耳は開いている。

誰もが囁く。誰かの不幸を、誰かの秘密を、誰かの罪を。

その噂はやがて現実になる――この街では、それが絶対の理だ。


蓮木カイの家が燃えた夜もそうだった。


「――父親が横領してたらしい」 「殺されたんだろ?」 「呪いだよ、噂の神様に祟られたんだ」


夜の街角、消えない炎と黒焦げの匂い。

その傍らで、ひとり膝を抱えていた少年の耳に、

囁きは剣よりも鋭く突き刺さった。


『噂は現実を蝕む――ならば、噂で現実を喰らい尽くせばいい』


誰かが、頭の奥で嗤った。

白い狐の尾が揺れて、剣の影がきらめく幻を見た気がした。


気づけばカイは、死に損なった自分を抱えたまま

あの夜を何度も夢で反芻する。

家族を奪った教団、噂の神に跪く人々、

囁く者達の笑い声。


「復讐する……俺が、噂を喰らってでも……」


声が漏れたとき、遠くで何かが割れる音がした。

街の片隅、潰れた祠の奥に、灯りがひとつ。


狐火だ。


白く揺らめくその火の奥で、何かが待っている。

獣の影か、剣の亡霊か、それとも――


「来い、噂の器よ。囁きを恐れるな。

囁きを喰らえ。囁きが貴様を喰らう前に。」


狐の声が笑った。

剣鬼の声が咆哮した。

夜風が背を押した。


カイは立ち上がる。

この身を囁きに捧げるために。

復讐を、噂に変えるために。


――そして物語は始まる。

噂が現実になるこの街で。

噂を喰らう、噂の王を生むために。

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