第23話 資料室で二人きり
ファイルを抱えた私は、エレベーターで地下三階へと下りる。
上のフロアはプリュミエールのキャラクターで可愛らしく飾られているが、ここは掲示物一つない。
このフロアには、プリュミエール歴代の原画や資料が整然と保管されている。
没案はエレベータからもっとも遠い最奥の資料室にしまう。
借りてきた電子カードで鍵を開け、壁のスイッチで照明をつける。
天井までの高さのスチール棚があり、床に敷いたレールにそって移動できるようになっていた。
今年の年号が貼られた棚に向かおうとしたら、閉じたはずの扉が開いた。
「真城さん」
入室してきたのは彰人だった。彼にしては珍しく、ネクタイをシャツのポケットに入れたまま、息を切らしている。
「エレベーターに乗り込むのが見えて、地下に下りていったから追ってきたんだ。最近、忙しくてLIMEできなくてごめん。社長命令でキャラクターデザイン部に異動したって聞いたけど、大丈夫?」
「ああ、そのことですか……」
社長による大抜擢だ。
社外を営業で飛び回っている彰人の耳にも届いて当たり前である。
「私の始末書が社長のお気に召したみたいで……。いずれ経営側に加えたいからって勉強のためにデザイン部に入らされましたけど、社長もそのうち気が変わると思います。今は麻理恵たちの雑用をしていて、それなりに楽しいですよ」
「そうじゃなくてさ。あそこは特に競争が激しいし、商品化できるかどうかが全てだろ?」
彰人は私が抱えるファイルに視線を落とした。
この分厚いファイルに収納されたリスのキャラクターは、もう二度と外の世界には出られない。
営業である彰人の目にも触れることはない。
「……デザイナーがどれだけ愛を込めて生み出しても、利益を出せないと判断されたら捨てられる。キャラクターを愛する真城さんには、辛い部署なんじゃないかと思って……」
言葉を切った彰人が、まるで自分の企画が没にされたように暗い顔をした。
彼の表情や、こめかみに浮いた汗に、胸を打たれる。
(広田さんは、私が傷ついているかもしれないと思ってここへ来てくれたの?)
思わず手を伸ばす。
薄い頬に触れると、彰人の視線が腕をたどって、やがて私の顔に向く。
心配そうな目と目があう。
彼は以前からこんな瞳をしていただろうか。
冗談めかした会話をする時の彰人とは違う。
目の前の私を守りたいと切望する気持ちが、じんわりした熱になって伝わってくるような、真剣な目だ。
「……大丈夫です。プロの世界の厳しさにはびっくりしちゃうけど、それもプリュミエールを守るために必要なことだってわかっているから」
彰人が気にかけてくれる。
それだけで、先ほど感じたモヤモヤが昇華されていくようだった。
安心させるように微笑んだら、彰人に両肩を掴まれた。
「もしもの話だけど。真城さんが嫌だったら、俺から社長に言って――」
パチン!
突然、話の腰を折るように部屋の照明が消えて、ガチャンと鍵が締まる音がした。
私は彰人の手から抜け出し、手探りで扉を探してノブをひねる。
しかし、鍵はしっかりと施錠されていた。
電子キーを取り出して当ててみるが、まったく反応がない。
振り向いて、暗闇の中にいるだろう彰人に呼びかける。
「閉じ込められちゃった、みたいです……」
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