第29話 締切はハロウィーン

 私は、彰人とともに、自分をモデルにした魔女キャラクターのラフを描き上げた。


 ラフというのは言わば下書き。

 コンペには、キャラクターの全身や顔のアップ、小物類の清書と、このキャラクターにかける思いを込めた設定書を添えなければならない。


 キャラクターデザイン部で雑用をしながら、麻理恵や他のデザイナーのテクニックを学びつつ、家に帰ったらデスクにかじりついて作業に当たる。


 そうしているうちに、家から会社までの道には、だんだんと物々しい飾りつけが増えてきた。


(もうすぐハロウィーンか……)


 飲食店の軒先には目と口がついたオレンジ色のカボチャが置かれ、白い骸骨やシーツのお化けが並木から吊られている。


 雑貨店では、ホウキに乗った黒いローブの魔女の人形が売られていた。


 可愛かったけれど、私は立ち止まらずにアパートに帰る。


「ただいま」

「おかえりにゃ」


 クロの出迎えもそこそこに部屋着に着替えて、夕ご飯を食べたら作業スタート。

 息抜きにシャワーを浴びて、深夜遅くまで液晶タブレットに向かい続ける。


 今日は線を整える作業だ。


 ふわふわの茶色い髪の魔女は、魔法の杖で作った星の髪飾りをつけている。


 おしゃれ好きだけど、魔女のおきてで地味な色の服しか着られない。

 だから、アクセサリーと靴はキラキラしている。


 魔法の杖とホウキは必須アイテム。


 飛ぶ時は先のとがった三角帽子をかぶって、使い魔の靴下猫を肩に乗せて――。


「瑠香、食べながらはお行儀が悪いにゃ」


 夜食に出された和風ホットサンドを片手に作業していたら、クロに叱られてしまった。

 具のきんぴらごぼうを落としそうになって、慌てて手のひらで受け止める。


「いつものことでしょ?」


「そうにゃ! いつまでこんな生活を続けるつもりにゃ? 魔法の勉強も全然しないでにゃあ」


 大きな手のひらが示した先には、だいぶ前から開いていない祖母のノートがあった。

 毎晩振るっていた魔法の杖も、結局どうやって使えばいいのかわからないままのホウキもそのままだ。


 香の調合や儀式の手順、魔道具の使い方など覚えることがたくさんある。

 しかし私は、即効性のある魔法以外の練習はほったらかしにしていた。


「瑠香は、まだ基本の杖の持ち方も、ホウキのまたがり方も習得してないにゃ。せっかく魔女に興味を持ってくれたと思ったのに、ワシは悲しいにゃあ!」


「おいおいやっていくよ。それよりも今はコンペに集中したいの。締切には絶対に遅れないようにしないと」


 壁にかかっていた『ハピネステディ』のカレンダーを見る。


 コウモリの羽根がついたキャラクターが可愛くて10月が待ち遠しかったのに、最近は見てもいなかった。


「締切はいつにゃ?」

「ハロウィーンだけど」


「サウィンの祝祭サバト当日かにゃ……」


 サーロインとかサバとか、おいしそうな言葉をつぶやいてクロは弓のような眉を下げた。

 魔女はハロウィーンにそういう料理を食べるのだろうか。


「私は何でも食べるし、クロが作りたい料理でいいから。悪いけど、本当に時間がないの」


「にゃあ……」


 クロはしゅるんと身を縮めて、猫の姿になりベッドに上った。

 定位置で丸くなるのを確認して、私は作業に戻る。


 ―ダッシュこの時、もっとクロの話を聞いていれば、あんなことにはならなかったと、今なら思う。


 目の前のことしか見えない私には、いつだって後悔する羽目になるのだ。

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