第20話 魔法の呪文をとなえて
深い色合いからして天然木の杖だ。
側面には、ブドウの葉の模様が刻印されていて、柄の部分には紫色のアメジストがきらめていた。
私は、そうっと受け取りながら、昔を思い出していた。
「これ、おばあちゃんが使っているのを見たことがあるよ。お腹が痛くて横になっていた私に、『痛いの痛いの飛んでいけ』のおまじないをかけてくれたの」
――夏休みで浮かれて、アイスは一日一個と約束していたのに三個も食べてしまったあと、腹痛に襲われた私は横になって泣いていた。
こんなことになるなら、食べるんじゃなかった!
『瑠香ちゃん、これをお腹にのせて。楽になるわよ』
祖母は、コンロで熱した小豆を入れた袋を私のお腹にのせた。
袋はじんわり温かくて、キリキリしていたお腹の痛みが少しだけ和らぐ。
でも、痛み自体は引かない。
『うええ、まだ痛いよ』
ボロッと涙をこぼしたら、祖母はこう言った。
『どんなに素敵なものも、取りすぎると体を悪くするのよ。上手に生きるコツは、自分にはこのくらいで十分だと見定めて、欲張りすぎないことなの。次からそうできるように努力するなら、お腹が治る魔法をかけてあげましょう』
『する! これからはアイスを食べすぎないように努力する!』
藁にもすがる思いで頷くと、祖母はどこからともなくこの杖を取り出した――。
「おばあちゃんは、その杖を振りながら魔法をかけてくれたの」
祖母は、魔女が奥さんになるコメディドラマみたいに口を震わせて、こう唱えた。
『ルーナ、ルーナ、ディアーナ』
円を描いた杖の先から星の光がふき出して、私のお腹に吸い込まれていった。
祖母が眠るように言ったので目を閉じると、夕方、目覚めた時には痛みはすっかり消えていた。
「当時は、おばあちゃんがおまじないをしてくれたんだ、くらいに考えてた。でも、あれは魔法だったんだね」
「痛みを感じなくさせる魔法は、多用するものではにゃい。痛みは危険を知らせる体の信号だからにゃ。ルナはきっと、瑠香が苦しむのを見ていられなくて、つい魔法をかけてしまったんにゃ」
お腹が痛くなったのは、約束を破ってアイスを三つも食べた私が悪いのに。
「優しいおばあちゃんだったね……」
杖が手になじむのを確認して、祖母がしていたように空中に円を描く。
うろ覚えの呪文を、声にのせて。
「ルーナ、ルーナ、ディアーナ」
あの時ほどではないが、シャララと光の粒子が杖の先から出た。
「わ、私にも使えた!」
「違うにゃ。これはルナの魔力の残留にゃあ!」
キラキラした光は、棚の方に飛んで行って和柄の古びたノートを引き出し、宙に浮かばせて私の手元まで持ってきてくれた。
「これは……」
色あせた表紙を開く。
おばあちゃんの字で『頭痛にきく薬』『恋を叶える薬』といったハーブの調合法や『浮遊の呪文』『解錠の呪文』、『お香のレシピ』などがメモ書きされていた。
「おばあちゃんは、これを私に見せようと思って杖に魔法をかけてたんだ!」
知らなかった。
祖母が私を、魔女の後継者だと思っていたなんて。
クロはというと、私の肩に飛び乗って不可解そうに首を傾げる。
「そうかもしれんにゃ。でも、瑠香はまだ杖を扱う心の準備ができていないにゃ。精神の修行をしないまま強大な力を持つのは危険にゃー」
「大丈夫だよ。絶対に悪用はしないから!」
閉じたノート、それに杖を抱きしめて、私はふふっと笑う。
(魔法が使えるようになれば、トラブルを未然に防いだり、事件が起きたら解決したりして、周りから頼りにされるようになるはず!)
うきうきで他にも魔女グッズがないか探す。
そんな私の背後で、クロが「うみゃう」と疑り深く鳴いた。
「困ったことにならなければいいがにゃあ……」
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