第8話「僕が好きなのは、なるみちゃんだよ!」

サイドバイサイド(仮) 第8話


割れた皿の破片が散らばる床を見つめ、私は完全に思考停止していた。先輩からのあの言葉の衝撃は、あまりにも大きかった。私が何をすれば良いのか、どう反応すれば良いのか、まるで体が固まってしまったかのようだった。


「…………」


皆が私の方を見ている。先輩の顔色を伺うけれど、先輩の表情は読み取れない。ただ、静かに私を見つめているだけだ。


その沈黙を破ったのは、店長だった。


「あー、大丈夫か、なるみ。怪我はないか?」


店長が、心配そうに声をかけてくれた。私は、店長の声にハッと我に返り、割れた皿から目を離し、店長の方を見た。


「は、はい…大丈夫です。すみません、私…」


謝る言葉が、ようやく口から出てきた。自分の不注意で、周りに迷惑をかけてしまった。興奮して、舞い上がって、取り返しのつかないことをしてしまった。


その時、先輩が私の隣に歩み寄ってきた。私は、先輩の顔を見るのが怖かったけれど、先輩の存在が、私の混乱した心を少しだけ落ち着かせるような気もした。


「なるみ、大丈夫?」


先輩は、私の顔を覗き込むようにして言った。その声には、非難するような響きは一切なく、ただただ心配そうな色だけがあった。


そして、先輩は、割れた皿の破片に目をやり、ふっと微笑んだ。


「なんかこうさ、妹みたいだなって思ったよ。いや、悪い意味じゃないんだ。なんていうか、かわいらしいなって、さ。」


先輩の言葉は、私にとって、予想外の、そして温かい救いだった。私が割ってしまった皿のことを、責めるのではなく、私の行動を「かわいい」と受け止めてくれた。まるで、私の興奮や不器用さを、妹への愛情のような、そんな優しい眼差しで見守ってくれているかのようだった。


「僕が好きなのは、なるみちゃんだよ!」


私は、先輩の言葉を繰り返した。私の心の中は、先ほどの衝撃とはまた違う、不思議な感情で満たされていた。先輩に「妹みたい」と言われることへの戸惑いと、それでも先輩の優しさに触れられたことへの安堵感。


「そうそう、そんな感じ。ちょっとおっちょこちょいなところとか、一生懸命なところとか、なんか放っておけないなって思って。」


先輩は、私の頭を優しく撫でた。その温かい手の感触に、私の体はさらに緊張した。先輩に頭を撫でられるなんて、夢にも思わなかったことだ。


「だから、大丈夫だよ。怪我さえなければ、何も問題ないから。」


先輩は、そう言って、割れた皿を片付けるのを手伝ってくれた。私も、我に返って、破片を集めるのを手伝った。周りの仲間たちも、静かに片付けを手伝ってくれている。


先輩の「妹みたい」という言葉は、私にとっては複雑な感情だったけれど、同時に、先輩が私のことを、敵対する相手ではなく、守ってあげたい、見守ってあげたいと思うような存在として見ているのかもしれない、という希望も感じさせた。


憧れの先輩から、あんなにもドキッとする言葉をもらったと思ったら、すぐに割れ物を出してしまい、そして、そのことさえも「かわいい」と言ってくれた先輩。


私の胸は、期待と、少しの切なさと、そして、今まで感じたことのないような温かい感情で、いっぱいになっていた。


(つづく)

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