第2話:「目立ちたくないんですけど」

「なあ、見た? 昨日のやつ」


「能力暴走止めたやつだろ? しかも“能力ゼロ”らしいぜ」


「ありえんって……。マジで“異能ナシ”なの?」


 入学式翌日の朝、教室の空気は明らかに浮ついていた。


 机に肘をついて、眠たげに缶コーヒーをすすっている少年を、教室中の視線がちらちらと盗み見ている。


 工口杉田。

 ただの新入生。ただし、例外中の例外。


「無能力(ゼロ)」でありながら、「戦力評価S」という矛盾した存在。


 本人はというと、その騒ぎの中心にいながら、眠気と社会性の死骸を抱えて沈黙していた。


「……目立たないで生きていく予定だったんだけどなあ」


 伸びた前髪の下で、面倒くさそうにぼやく。


「おっはよ、エロくん」


「……その呼び方やめてって言ったよな、春野」


 工口の隣に当然のように座ってくるのは、昨日助けた少女、春野こはる。

 制服のリボンを揺らしながら、悪びれた様子もなく笑っている。


「だって、インパクトありすぎるんだもん、その名前」


「インパクトいらん。俺は静かに暮らしたい」


 こはるは頬杖をつきながら、じーっと杉田の顔を見つめる。


「昨日は、ありがとね。マジで。……あの爆風、もしあんたがいなかったら、私、木っ端微塵だったかも」


「うん。それなのに、笑ったよな」


「だって……名前が」


「……もう一発爆風ぶつけたろか?」


「あはははっ、冗談冗談」


 そう言いながらも、こはるの目はどこか真剣だった。


「けど、ほんとすごいね。能力使わずに暴走止めたとか、普通に考えて無理だよ。……あれ、どうやったの?」


「教えない」


「冷たっ!」


「お前に話しても、どうせわからねぇよ」


「酷い!」


 その言葉に、こはるは少し口を尖らせたあと、小さく笑った。


「……まあいいや。あんたのこと、ちょっと興味湧いてきたからさ。そばにいさせてよ」


「ストーカー?」


「違う!」


 杉田は、深く溜め息を吐いて机に突っ伏した。


「……ほんと、静かに暮らしたいだけなんだけどなあ……」


 

 その日午後、初めての“演習授業”が始まった。


 体育館の中央に設けられた特殊演習フィールド。四方を結界で囲み、生徒同士の能力行使にも耐えられる強度。


 担当教師の荒海(あらうみ)が、淡々と説明を始めた。


「異能者たる者、戦闘において己の力をどこまで制御できるか。それを見せてもらう」


「では——演習第1戦、春野こはる vs 風巻レンジ」


 こはるの顔がぴくっと動く。


「あ、相手、アイツか……」


「知り合い?」


 杉田が聞くと、こはるは唇を曲げた。


「中学んとき一度だけやり合った。空気をぶん投げる能力で、“物理的に煽る”タイプ」


「性格悪そう」


「正解」


 フィールドに立つ風巻は、既に腕を振り上げ、風を圧縮し始めていた。


「お前、昨日の“工口”と仲良さそうだったな?」


「……その話関係ある?」


「あるさ。俺、目立ちたいんだよ。昨日のヒーローと仲良いってだけで注目されるだろ? 邪魔なんだよ、そのポジション」


 杉田の目が静かに細くなる。


 合図と同時に、風巻が放った風圧の弾丸がフィールドを引き裂いた。

 こはるが跳ねるように避け、足元に重力の球を圧縮する。


「へえ、反応いいじゃん。だけど、これくらい——」


 ——その瞬間、風巻の左手が“爆発”した。


 衝撃でバランスを崩したこはるの眼前に、再度風圧弾が迫る。


「……やば——」


 ドン!!


 間に割って入った影が、拳一つで風弾を叩き潰す。


「……悪いけど、俺の名前使って勝手にマウント取ろうとすんなよ」


 工口杉田、乱入。


 場が静まり返る。


「教師の許可なくフィールド侵入は——」


「こいつ、最悪死ぬぞ。止めなかったら」


 荒海の目が鋭くなったが、何も言わなかった。


 杉田は風巻に歩み寄り、ポケットから手を抜いた。


「俺、戦うの嫌いなんだけどさ……」


「こはるを傷つけようとしたら、話は別」


 バギィン!!!


 拳が空気を裂いた。風巻の身体が空中を舞い、壁に叩きつけられる。

 一撃、終わり。


 観客全員が沈黙した。


 


 戦いのあと

「……怒った顔、初めて見た」


 こはるが、演習場の外でぽつりと呟いた。


「自分勝手に人を傷つけようとしたら怒るだろ」


「……そっか」


 杉田は少しだけ顔を背ける。


「ありがと。ほんとに。あんたってさ、よく分かんないけど、ちゃんと優しいよね」


「よく分かんないけどってなんだよ」


「ふふ……ごめんごめん」


 彼女の笑顔が、今日だけは少しだけ柔らかく見えた。

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