第7話 特殊な力

 何もない広い空間の割に、ロゼットの叫びを反響しない役所内。

 一時の沈黙の後。

「……こういうことよね」

 触れたところで目に見えて変化がなさそうなナタリーは、納得するように頷くと、丸石からそっと手を離して、固まるばかりのロゼットへ微笑みかけた。

「大丈夫そうだから、ロゼちゃんもお次どうぞ」

「っ! 姉さまっ!」

 自分を先にすることで丸石の効果を試した――すなわち、ナタリー自身の安全を二の次にした行為に苛立つロゼット。

 しかし、妹の癇癪など慣れきっているナタリーは我関せず、丸石に触れていた手のひらを宙に翳しては面白そうに微笑んだ。

「どうやらワタクシに与えられた特殊な力は道具が必要みたい。すぐに試せないのは残念だけれど、お家に帰ったら試してみましょう」

 ニコニコニコニコ――……。

「…………はあ」

 たぶんきっと恐らく、十中八九わざとではあろうが、あまりにもにこやかな姉の様子を前にして、怒りを保ち続けることは難しい。それすら折り込み済みと知っていても為す術のないロゼットは、堪りに堪った熱を吐き出すようにため息をついた。

 そうして丸石に近づいては、不貞腐れたように手を置いた。

 ――瞬間。

「!」

 ナタリーの時同様、目に見えた変化は何もない。

 だが、手のひらから流れ込んできた感覚はロゼットの全身を一気に巡り、背後から抜けていった。

 目まぐるしいソレに一歩後ろへよろけ、驚きのままに手のひらを見る。

 何の変哲もない、しかし、ロゼットが望めば、先ほどガイが見せてくれたように丸石状の物体が現れると分かる、確かに何かを得た手。

「……オーサさん」

 呟いたのは、たまたまだ。

 不可解なことに混乱する頭が、昨日のガイとのやり取りを脳裏に過らせて、不明点の説明を求めて彼の名を

 すると、

「なんだ?」

「!?」

 背後からの声に驚き、飛び上がりざまに振り向いたなら、金と銀が入り混じった髪と瞳の持ち主が、昨日と同じ黒衣を纏った姿でそこにいる。

「お、オーサ――」

「長さまじゃねぇか。もう目が覚めたのか。今日はずいぶんと早いな!」

 ロゼットよりも驚いた様子のガイが駆け寄れば、オーサは緩慢な動作で自分の腰より低い位置にある顔に頷いた。

「ああ。あまり良い目覚めではなかったが……」

 そうして次にオーサが見たのは、ロゼットではなくナタリー。

(あ、ああ。姉さまのことが気がかりだったから、ここに来た、と)

 自分は関係ないのだと知って、ロゼットは少しだけホッとする。

 次いで手のひらを見ては、ギュッとコレを握りしめた。

 実感は乏しいが、ロゼットもまた、ナタリーと同じ手に入れた特殊な力。

(たぶん、私が手に入れたのは……人を喚ぶこと。そして、この力はきっと――)

 うっかり喚んでしまったのではないか、と思ったオーサをそれとなく見上げる。

 だが、その目はこちらではなくナタリーを訝しむばかり。

(……役に立たないんだろうな)

 どうせならもっと、本当に特殊な力が欲しかった。

 同じ喚ぶなら、もっとこう、使い魔でも喚んで使役できるような。

 ナタリーの手に入れた特殊な力は分からないが、あの反応は姉にとって間違いなく興味深いものであり、ロゼットとは比べモノにもならないくらい特殊なはず。

(いいなぁ……)

 警戒していた割にしっかり落胆するロゼットは、他を尻目にこっそりいじける。

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