第8話 失敗の代償
オーサの告白に、ロゼットは大きく目を見開いた。
遠い小国では、いかに大国であっても聞こえてくる話の規模は噂程度。それでも必ずついて回るのはアルタリア王の絶対性だった。その行いがどれだけ悪質なものであったとしても、何人も覆すことも斃すことも出来ない不可侵の存在。過去、どれだけの人間が挑み、画策し、しかし果たせなかった噂は枚挙に暇はなく、末路は凄惨の一言に尽きる。
そんな王を殺したというオーサに対し、ロゼットが抱いたのは恐れだった。
殺人の告白に、ではない。
規格外の王相手に、殺すという芸当を完遂できたことに恐怖を抱いたのだ。
(この人は……何もかも分かった上で私たちを招いたんじゃ)
飛躍する発想が止められず、オーサから距離を取るようにロゼットの腰が浮く――直前。
「何か思い違いをしているようだが」
嘆息混じりのオーサの言葉にロゼットの身体がビクッと止まった。
「私たちが王を殺したのは確かだが、それは儀式が執り行われようとしていたからこそ為せたものであり、私たち自身には本来、彼の王を殺せるだけの力はない」
殺したことよりも、その力に恐れ慄いている――。
恐れの正体を見事に言い当てられ、ロゼットに浮かんだのは更なる恐怖ではなく、困惑だった。
(もしかして、私が分かりやすいだけ……)
ここで顔に手を当ててしまったなら、それこそ何を考えての行動か分かりやすいというもの。グッと堪えたロゼットが居住まいを正せば、オーサは何事もなかったかのように話を続けた。
「一国を変えようという儀式だ。たとえ彼の王と言えど隙は生まれる。もちろん、それとて王にとっては想定通りだった。ゆえに道のりは困難を極めた。だが、彼の王にとって私たちは特別であり、懐に入るのは容易であった。何せ私たちは……いや、兄は次期国王であり、儀式の要でもあったのだから」
「次期国王? それじゃあ、貴方は」
「いや、そう簡単な話でもない。兄には弟がおり、二人は双子であった。あの場において、兄は次期国王、弟は反乱軍の一兵卒の役割を担っていたな」
先ほどまで「私たち」の中に含まれていた兄弟のことを、懐かしむようにオーサは言う。
とどのつまり、彼は兄なのか弟なのか。
どちらとも取れない言い回しにロゼットの眉間が深い皺を刻めば、オーサは困ったように笑った。
「弟が謁見の間に辿り着いた時、儀式は最終盤を迎えていた。そして、間もなく王は死に、儀式は失敗し……双子は一人となったのだ。そう、余――私と」
「……えーっと?」
急な展開に混乱するロゼット。助け船は姉からやって来る。
「つまり、この方は兄と弟のどちらでもあるということよ。この方のお話が真実であるならば、ですけれども」
ナタリーから向けられる、隠そうともしない疑念。機嫌を損ねてもおかしくはない皮肉混じりのソレに、オーサは怒るどころか鷹揚に笑ってみせた。
「理解が早くて助かる。ただし、一つ付け加えさせて貰うならば、二人分の記憶は有しておるが、そこまで鮮明ではない。どちらという意識が乏しい、と言うべきであろうな。……少し話は逸れてしまったが、ゆえに、私はここの認識を調整する役割を担っているのだ。王殺しと儀式の失敗、その責と代償ゆえに」
オーサは静かにそう述べると、「ああ」ともう一つ加えた。
「ガイが私のことを長と呼ぶのは、その方が箔が付くとガイが提案したものでな。役職があれば、外からの訪問者も案内しやすいということらしい」
そうして締めくくっては、一拍おいて後。
「という訳で亡国への訪問者よ。そなたらが目的とする国はすでにない。ここまで赴いた志は計り知れぬが、国がなければ留まる理由もなかろう。なに、帰国に際して案ずることはない。私がそなたらの望む場所まで送り届けるゆえ」
オーサの話す事柄は、ロゼットにとってほとんど突拍子のないモノであった。
だが、帰郷を促す提案だけは、善意から来ているモノだとはっきり分かった。
――それでも。
「嫌です! 私は、私たちは帰りません!」
一時、オーサに抱いた恐れは何だったのか。
急に席を立ったロゼットの激昂に近い宣言を受けて、今度はオーサの目が大きく見開かれる。
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