第2話 小さな異形

 馬車道から「ディペル」へ伸びる、そこだけ踏みしめられた土色の地面を歩いていれば、程なく草原の中に一件の建物らしき陰を見つけた。

 ただし、外観には年季の入った木造に緑のツタが這っており、おおよそ何か物を尋ねられる相手がいるとは到底思えない。

 それでも人工物は人工物。

「姉さま、あそこに行ってみましょう」

「ええ」

 自分を鼓舞する代わりに姉を誘えば、いつもの返事に勇気づけられもする。

 そうして辿り着いた建物なのだが、近づくにつれて、ロゼットの目は建物ではなく、その傍に立つ木に吸い寄せられた。正確には、木陰で作業する人物に。

(人……にしては、何か違うような?)

 茂みもない草原の中では無駄だと思いつつも、心持ち潜むように身をかがめ、姉にもそうするようジェスチャーで示して様子を伺う。

 黒みがかった茶色の頭髪と髭。白いワイシャツとベージュのズボンは、作業着にしては洒落て見える。そして何より特徴的なのは、瞳孔が縦に長い金の瞳――。

「あ」

「お?」

 ばっちり合ってしまった目。

 互いに瞬かせた後、ロゼットが後退したなら、相手は一歩前に出て声を張った。

「待て待て待て! 俺はここの住人で、敵対するモンじゃない! ここまで来れたってことは長の客だろう!? 頼むから逃げないでくれ!」

 とはいえ、その手にノコギリが握られていては説得力などない。

「そっちこそ待ちなさいよ! そんなモノ片手に敵対しないって言われても、全っ然説得力ないでしょう!?」

「お、おお、悪い悪い」

 ロゼットの指摘にノコギリを手放した相手は、ついでに両手を挙げた。

「これでどうだ。とりあえず話だけでも聞いてくれないか」

「……ええ、いいわ。とりあえず、話だけなら」

 警戒は解かずに頷いたなら、どこかホッとした顔でゆっくり近づいてくる姿。

(なんだか……思っていたより小さい?)

 厳めしい顔だが、身長はロゼットの腰より上までしかない。

「……小鬼」

 思わず呟いた、絵本の中でしか見たことのない種族の名。

 そんなロゼットに対し、尖り耳の持ち主は首を振って否定した。

「いいや。見た目はそうかもしれんが、中身はアンタたちと同じ人間さ」

「うっ。ご、ごめんなさい」

「構わんよ。俺も慣れるのに時間が掛かったからな」

「……慣れるのに?」

 不思議な言い草に眉を寄せれば、聞こえなかったように相手は言う。

「俺の名はガイだ。アンタたちみたいな客を長のところへ連れて行く役回りでね。ここを巡りたいっていうなら、なおさら長には会って貰う必要がある」

「長?……王、ではなく?」

 ロゼットの眉がますます寄る。

 しかしガイは首を振り、

「悪いが、その辺の詳しいことは全部長に聞いてくれ。俺や他のヤツらに聞いたところで、大して答えられはしないからな。何せ、ここは世捨ての里、ここにいるヤツらの大半は、なんで自分がここにいるかも分かってないんだから」

「世捨ての、里……?」

 聞き慣れない言葉を繰り返しても、恐らくガイは答えないだろう。

 分かっていても鸚鵡返ししてしまったロゼットに、やはり答えなかったガイは首だけを頷かせてみせた。

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