冷蔵庫の奥で泣いていた

黒崎ゆみ

冷蔵庫の奥で泣いていた

冷蔵庫の奥で泣いていた


美春は大学を卒業すると、就職をした。

地元を離れ都会に出た。

一人暮らしは大変だったが、

それなりにうまくやっているつもりだ。

実家へは大型連休の時には必ず帰る。

その時決まって、大掃除をさせられるのだ。

「美春〜ちょっとこっちの電球変えて〜」

人遣いの洗い母は、美春が帰るたびに何かをさせる。

陽気で働き者の母は、近くのスーパーでパートをしている。

春は、庭木の剪定と、葉や枝をまとめさせられ、夏は、畑の収穫に消毒、父の墓参りもそうだ。

雑草を取り、墓石を磨く。

普段、母1人ではできないことだから仕方がない。

父は、美春が大学生の時に他界した。

「都会で大丈夫なのか?」

といつも心配をしていたが、その度に笑って、

「平気だよ、可愛い子には旅をさせろと言うでしょ?」

と言うと、寂しそうに、

「そうだな…でも無理はするなよ」

と真剣な顔で言っていたのを思い出す。


今日は本当にザ夏日だ。

都会に行ってから5年になる。

お盆休みには実家に帰り、いつもの畑仕事をこなして帰宅する。

冷蔵庫の麦茶を飲もうと近づくと、なんだか変なモーター音がしている。

ゴオーゴオー

慌てて母を呼び、

「とうとう壊れちゃったんじゃないかな?」

と母に言うと

「えー!?これ買ったばかりなのに」

嫌だわと、迷惑そうな顔をした。

美春は冷蔵庫を開けてみる。

扉を確認すると、もう購入日から12年経っている。

やはり母の買ったばかりは、あてにならない。


夏に冷蔵庫が、壊れるのは死活問題だ。

渋る母を連れて大型の電器屋に行き、少しコンパクトな冷蔵庫を選んで購入した。

納品は5日後だと言う。

「わたし、納品の時いないからお母さんやってね?少しだけ片付けておくから」

すると母は、

「わたしで運べるかねえ」

母は居間から言うので、

「業者さんがやるから、邪魔しちゃダメだよ?」

「へえ、そうか」

少し不安そうな母を横目に、わたしは冷蔵庫の中を片付けにかかった。

母のことだから、消費期限の切れたものを、詰め込んであるに違いない。


バカッ

ゴォーゴォー

異音は鳴り止まず、やはり壊れている。

冷蔵庫の奥まで点検する。


固まってしまったジャム。

消費期限の切れた焼肉のタレ。

なにが入っているのかわからないタッパー。

硬くなったソーセージも転がっていた。

ドアには細かいものが入っている。

マヨネーズにケチャップはいいとして…

その奥から四角い箱を見つけた。

「なんだろ、これ」

見た覚えのないものだった。

箱は包装されており、小さな紙が差し込んであった。

これはバレンタインチョコ!?


振り向いて、居間にいる母が、見てないかとを確認する。

そして、そっとその小さな紙を開く

冷蔵庫に入れっぱなしだったから、湿ってしまっている。

そこには、たどたどしくも真っ直ぐな文字で、こうあったーー

「お父さんへ、愛しています

頼子」

文字は濡れて滲んでいた。

父が亡くなったのは、5年前のバレンタイン前だった。

渡せなかったんだな…

わたしは、居間の母の後ろ姿を見た。

そして箱を元に戻した。


冷蔵庫の奥で泣いていたんだな…

その気持ちを思うとたまらなかった。


2年後の夏。

相変わらず猛暑続きだ。

わたしは都会暮らしをやめ、実家に帰って来た。

母が腰を痛めたからだ。

畑仕事を一通り済ませ、ひまわりを眺めてから家に戻る。

冷蔵庫は静かで、モーターの音はしない。

バサッと扉を開け麦茶を取り出す。

コップに注いでしまう時、つい目をやってしまう。


母は父への箱を捨てられずに、そのままだ。

でも、わたしは目を瞑ることにした。

気が済むまで、その箱は泣き続けるんだから。

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冷蔵庫の奥で泣いていた 黒崎ゆみ @yumi_kurosaki

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