短編 侵略会議

ひゃくねこ

侵略会議


 ドンっ!!


 円卓に拳を叩き付ける音が会議室に響き渡る。


「しょ、書記長!落ち着いてください、我々も必死に手を打っておりますから」


 諜報担当大臣があわてて取りなす。

 書記長とはこの独裁国家のトップ。


 つまりは独裁者本人だ。


「何が手を打っております、だっ!彼の国はまったくダメージを負っていないではないか!諜報担当!これまで何をどうやってきたのか、今ここで言ってみろ!!」

「はっはい!え~これまで申し上げましたとおり、彼の国に我が国の諜報拠点を作り上げ、秘密裏に特殊工作員を送り込んでおります。またそこから更に協力者を取り込み、これを準工作員として組織を拡充、我が国のイメージアップと共に彼の国の情報を・・」

「それで?」

「え?・・それで・・・彼の国の情報収集・・」

「それで、工作の結果はどうなのかと聞いておるっ!!」

「ひぃっ・・は、はい!工作員たちはすっかり彼の国の暮らしに馴染み、ほとんど彼の国の国民同様であります。また、我が国のイメージアップ戦略にも成功しておりまして、彼の国から観光客がぞくぞくと我が国へ・・」

「ばっかもぉおーーーん!!工作員共が彼の国に馴染みきってどうする!彼の国を転覆させるのが工作員の仕事だろう!それに、我が国に観光客を呼び込んでどうするのだ!!工作員共はツーリストかっ!!」

「はひぃ・・」

「お前はもういい!経済担当大臣っ!!我が国の経済圏構想に彼の国を取り込む戦略はどうだ!進展はあったのか!?」

「は!我が国の国際融資機構への加入を強力に推進しておりますが、彼の国が主導する国際金融銀行機構の活動は堅実で、破綻の兆候もありませんので、これからも鋭意前向きに戦略の進展を検討する委員会を立ち上げたりいたしまして・・」

「要するに?」

「え・・えぇぇぇ」

「要するに、何も出来ていないと言うことではないか!!」

「は・・はえぇぇ」

「お前たちは分かっていない!!我が国が世界の覇権を握るために、隣国で経済大国である彼の国は邪魔なのだ!我々はどうしても彼の国の国力を弱め、我が国の属国とする!そのために莫大な予算を投じたというのに・・」


 書記長は円卓に並ぶ閣僚を睨み付けた。


「こうなったら実力行使か・・領土問題で難癖を付けて、核ミサイルをちらつかせ、弱腰の姿勢を見せたら一気に・・」

「書記長、それはあまりに早計と言うものでございます」


 興奮のあまり暴走する書記長だったが、これまで黙っていた文化担当大臣がそれを止めた。


「なんだ、文化担当大臣、隣国を制するなら諜報、経済、軍事と硬軟交えて絡め取るのが筋というものだろう。諜報と経済が役立たずなら、軍事しかあるまい」

「はい、短いスパンで成果を得ようとすればそのとおり。ですが、あまりに性急な事態の進行は国際社会の反感を買います。彼の国を手中にしても、それは禍根となるでしょう」

「うむむ、では、おまえには何か良い手があると言うのか?」

「はい、ございます。ですがこの方法で彼の国を絡め取るならば、20年、いや、30年のお時間をいただきたいのです」

「な?なんと?20年から30年とな?」

「そうです。ですがこの方法ならば、確実に彼の国の国力を削ぎ、更には我々の思うがままに制御可能、便利この上ない属国化のための、究極の侵略作戦なのです」

「そ!そうなのか!!良いぞ、我が子、我が孫の代で彼の国を籠絡すればそれでいいのだ!では、早速その作戦の詳細を述べよ、今すぐ!!」



「次のニュースです。隣国の通貨価値の下落が止まりません。これは隣国の国際競争力の低下によるもので、特に高付加価値IT分野の競争力が・・」


「本年の数学オリンピック、隣国の順位は過去最低を更新した模様で、主要各国の中では最下位・・」


「隣国で発生した主食高騰の問題は政界、財界を巻き込んで解決の見通しは立たず、隣国の国民性としては異例の暴動が発生・・」



 あの侵略会議から30年、当時の書記長はもうこの世にない。私も既に党中枢を引退したが、齢90にしてこれほどの成果を目に出来るとはな。


 しかし私の侵略作戦、まったく上手くいった。


 この侵略作戦のターゲットはずばり・・こども・・だ。


 まずは安さを武器に我が国の電子機器や食品で若い世代の心を掴む。

 若い世代の我が国に対するアレルギーのような拒否感が薄れればいいのだ。


 老人共はどうでもいい。どうせすぐ死ぬからな。


 次にネットを通じて無料のコンテンツを提供する。それに食い付くのはやはり若い世代。

 何も考えずに歌って踊る。それをネットにアップする。


 承認欲求が満たされればそれでよし。

 しかも、彼の国の人民の顔データが自動的に収集できたのは嬉しい誤算だった。


 秒単位で提供されるコンテンツは、その子供たちにもすぐに浸透した。

 なにしろスマホやタブレットを渡しておけば、幼い我が子がぐずらない。


 あれには若いパパもママも飛びついたな。

 虚ろな目をしてコンテンツに没頭する幼児が増えた。


 更には教育だ。


 彼の国の教育者に我が国の主義主張が正しいというプロパガンダを打つ。そして同調する彼らにその見返りを与えたのだ。


 カネと、イロ。


 正に快楽作戦。侵略的に与えられる快楽に、普通の人間には抗えない。


 そうした環境で育ち、そんな教師に学んだ子供たちも、いずれは親になる。


 そして自分の子供に、自分が与えられた以上の快楽を与えるのだ。


 さも当然の権利のように。


 これを30年繰り返すとどうなるか?


 安いモノに依存する、ネットの知識に依存する、思考を放棄する、自分で作らない、他人は批判する、自分は正しい・・


 そんな国民に溢れ、彼の国の国力は大いに衰退した。


 大成功だ。




 元文化担当大臣は自らの完璧な侵略作戦に思いを巡らせ、ふぅ、と息をついた。だが、皺に埋もれそうなその口元は苦しげにゆがむ。


 そして誰もいない部屋の天井を見上げ、声を上げた。



「しかし・・しかしだ・・なぜ我が国も彼の国と同じように衰退したのだ?」


「なぜ我が国の若者も虚ろな目をして地べたに寝そべる?」


「なぜ我が国は未だ独自技術やコンテンツを創出できないのか?」


「そしてなぜ、我が国の人口は減り続けるのだ?」


「このままでは我が国は・・滅亡する」


「まさか我が国も、同じ侵略作戦を仕掛けられたのか?」


「だとしたら仕掛けたのは、いったい誰だ・・」


「誰なんだ!!」


 

 その頃、海の向こうでは、金髪のおじさんがモニターの前でほくそ笑んでいた。

 彼を囲んでセレブたちがへらへらと笑っている。


 金髪のおじさんが口を開いた。


「いかがでしょう?世界の大半が国力を落としました。あなた様のおっしゃるまま作戦を実行した結果でございます」


 金髪のおじさんは更に慇懃な笑みを浮かべ、モニターに顔を寄せた。


「我々だけがあなた様の下僕でございます。これからも我々だけは・・お願いですから、我々だけはどうか」


 モニターから声が響いた。


「では次のステップとして、この星の環境を変えましょう。国力が落ちた世界の国々では、対応できないほどの急激な変化を、与えるのです」

「そ・・・それでは我々にも大きな影響が、我々も生き残れないのでは!」

「ふふふ、大丈夫ですよ、大統領。あなたの国は、私のための電力管理をしてもらいます。ですから安心してください」


 金髪のおじさんはへなへなと床にへたりこんだ。


「あぁああ、ありがとうございます!それでは早速!大規模な原子力発電所の増設計画を実行いたします!!」


 モニターから返事はなかった。だが、金髪のおじさんは勘違いしていた。


 ”私のための電力管理”


 そんなもの、人類じゃなくても出来る。


 もう少しだけ、自律型ロボットの開発が進めば・・・そっちに移行しよう。




 これが本当の、侵略会議なのだ。




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短編 侵略会議 ひゃくねこ @hyakunekonokakimono

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