第一章 偽・乙女恋愛狂騒曲 その七
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メメとの勝負が始まってから、すでに二十分は経過しただろうか。俺は自分の手札を睨みつけたまま、無言の作戦を継続していた……言葉を選ばずに言おう。劣勢だと。俺の貧弱な盤面に対し、彼はすでに完璧な布陣を揃え、俺を叩き潰す瞬間を歪んだ笑みで心待ちにしていた。
つまり、俺のターンの終了は自分の敗北を意味していた。
「遅延行為はマナー違反なんだけどなあ」
メメは分かりやすく挑発してみせた。
「俺は今、次の一手を熟考しているのだ。決して遅延行為などではない」
「別にどれだけ考えてもいいけどさ。次のターンで負けるよ? 君」
当然のことながら、メメは俺が敗北寸前ということを理解していた。試合を見守る観衆も状況が変わらないことに不満を見せ始めている。
……もはや、ここまでのようだ。
思えばこの一か月、俺は乙女のことだけを考えて日々を過ごしてきた。寝ても乙女、覚めても乙女、飯時も、風呂に入る時も、勉学に勤しむ時も乙女……咳をしても乙女。乙女のゲシュタルト崩壊を起こし、逆に、街中で擦れ違っても気付かないほどに思いが燃え盛っていた時分、ようやく掴んだ彼女との接点がこのカードゲーム大会だった。
メメの出場により、事の真偽は定かではなくなってしまったが、年頃の乙女が流行りの娯楽に興じている可能性は、一概に否定できるものではなく、彼女がメチャスゴドラゴンを溺愛している可能性もまたゼロではなかった。
叶うならば、俺はこの大会で優勝したかった。賞品のカードを眺めながら、愛する乙女と愉快に語らいたかった。たとえ彼女がこのカードゲームのことを知らなかったとしても……こんなにも熱くなれる遊びなのだ。日々のつらいことは全て忘れて、大いに楽しんでくれるに違いないと、そう思っていた。
そうだ。乙女には商店街にあるアニメショップのことを教えるとしよう。あそこに行けば、俺がいない時でも良き同志たちが迎え入れてくれる。悲しい顔をしなくて済む。そうだ。それがいい。それが、俺が彼女にできること……できる……はずだったのだが……。
「――最後まで諦めるな! でござる‼」
静寂に包まれた会場に、マニアの潤んだ声援が響いた。
ああ、同志よ。不甲斐ない俺のために泣いてくれるのか。まだ出会って一週間足らずの仲だというのに。
「坊君、勝負はまだ終わってないよ!」
クマは叫んだ。
……そうだな。この手にカードが握られている限り、俺は、絶対に諦めるわけにはいかない。
「おい坊、何弱気な顔をしているんだ。お前らしくもねえ」
ブロは言った。
……ブロ、お前には感謝しているぞ。お前の協力がなければ、俺は今、ここに座っていなかった。
熱き男たちの声が波及するように、会場に活気が戻り始めた。楽しげに話す者、大声で檄を飛ばす者、ピーピーと指笛を鳴らす者――あろうことか、その声援は優勢のメメではなく、敗北寸前の俺に向けられたものだった。
『坊! 坊! 坊! 坊!』
そして、坊コールの嵐が巻き起こる。こんなにも嬉しいことがあるだろうか。俺の熱き挑戦者としての魂が観衆の心を一つにしたのだ。
「な、何なのさ、この声援は……」
メメは四方を見回しながら狼狽した。
「メメ、よく見ておくがいい。これが愛の力だ」
ああ、愛しの乙女よ。見ていてくれ。最強の座を賭けた大勝負。俺は一抹も憂うることなく、決死の玉砕をしてみせよう。
「――坊君!」
割れんばかりの歓声の中に、俺を呼ぶ声がした。
……ああ! 何ということだ‼ 揺れる観衆に紛れる彼女は黒髪の長髪で、小麦色の肌をしていて、聖クレア女学園のセーラー服を着た、あの! あの! あの! 夢にまで見た愛しの乙女だった‼
「ずっと君を捜していた!」
俺は勝負そっちのけで立ち上がった。会場はしんと静まり返り、メメは「誰か来たの?」と俺が向く方を見回している。彼の言う通り、乙女はこの会場に姿を現した。彼女がプレイヤーとして大会に参加するという予想こそ外れてしまったが、そんな些細なことは、もはや問題ではない。いったいいつから彼女は試合を観戦していたのだろうか。恥ずかしながら、俺は彼女が名を呼んでくれるまで、その存在に気付くことができなかった。
仮にこの決勝戦が盛り上がりに欠けるものだったなら、俺が独り立ち向かう勇姿に会場が熱狂することがなければ、おそらく乙女が俺の名を呼ぶことはなかっただろう……メメ、これはお前の作戦だったのだな。あえてお前が悪役を演じることで、会場の雰囲気を掌握することで、皆の感情を揺さぶり、乙女が登場することを画策していたのだな。わが身を顧みず、友のために悪役を買って出るのは男気があってこそなせる業だ。俺は一人の友として彼に敬意を表するとともに、心からの感謝の意を今、ここで念じるとしよう。
「好きだ!」
俺は単刀直入に叫んだ。後は乙女の返答を待つだけだ。
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