第7話 葛葉の策略
放課後の人気のない廊下の端。掲示板の陰から、二人の生徒が顔を覗かせていた。平田モブ太郎と八雲モブ美。学校全体でも影二以上に存在感の薄い部類に入る二人である。
「葛葉率いる不良グループ……今度は何を企んでるのかな?」
モブ太郎が呟くように言うと、隣のモブ美はため息をついた。
「まあ、十中八九、ろくでもないことだと思うけどね。今度は誰が巻き込まれるか……」
二人は廊下の端から、葛葉たちが不穏な笑みを浮かべながら談笑している様子をじっと見つめていた。何かが起きる——そんな確信が、空気から伝わってくる。
そして翌日、その「何か」は現実のものとなった。
体育の授業後、女子生徒たちが更衣室に戻り、汗を拭きながら自分のバッグに手を伸ばす。だが、すぐに異変に気づく。
「……あれ?私の制服が……ない……?」
最初に声を上げたのは一人だったが、すぐに他の女子たちからも同様の声が上がった。
「私のも……」「なんで……?」「鍵、かけてなかったっけ?」
ざわつく女子更衣室。その空気をさらに凍らせたのは、華澄のバッグの中から「録画状態のまま」のスマホが見つかった瞬間だった。
それは——影二のものだった。
「えっ……これ、影二のスマホじゃない?」
誰かがそう呟いた瞬間、空気が一気に凍りつく。制服の盗難、そしてスマホ。あまりにもタイミングが出来すぎていた。生徒たちの間に動揺が広がる。
だが、そんな中、華澄が一歩前に出た。
「……落ち着いて。あの影二くんが、こんな大胆なことするタイプじゃないのはみんな分かってるでしょ?」
彼女の声は冷静だった。その言葉に、周囲も少しだけ思考を取り戻す。
「まずは自分のバッグの中、ちゃんと確認して。私のだけじゃないはず。」
言われた通り他の生徒たちがバッグを調べ始めると、次々と制服が消えていることが判明した。
「これ……明らかに一人じゃできない量よ。」
華澄は影二をかばうように、理性的に言い切った。だが一部の生徒は不安げに囁き合っていた。
「でも……スマホが入ってたのは事実じゃない?」
そんな声が出た瞬間、蘭が前に出て声を張り上げた。
「だったら、証拠を見つけようよ!このスマホ、セキュリティが甘くて誰でもロック解除できる。指紋が残ってるかもしれないし、犯人の痕跡が出る可能性あるでしょ?」
「それに……影二くん、風紀を乱すタイプじゃないもの。」楓も真剣な表情で言葉を重ねた。
一方その頃、男子更衣室では影二が何も知らぬまま制服に着替え、静かにロッカーを閉めていた。すると、その背後から声がかかった。
「なあ、影二。ちょっと来いよ。」
葛葉の取り巻きの一人が目配せをしながら呼び出してくる。影二は内心で嫌な予感を感じながらも、断るタイミングを逃してしまい、そのまま体育館裏へと連れて行かれた。
そこには、腕を組んで待ち構えていた葛葉の姿があった。皮肉めいた笑みを浮かべ、じっと影二を見下ろす。
「お前、今頃女子たちの間で大人気だぜ?」
「……何の話だ?」
影二が怪訝に問い返すと、葛葉はポケットからスマホを取り出し、動画を再生してみせた。それは女子更衣室で、華澄のバッグから影二のスマホが出てくる瞬間を撮ったものだった。
「どうだ?お前のスマホが“現場”にあったんだ。証拠はバッチリ。お前、女子の制服狙った変態ってことにしてやったからよ。」
影二は一瞬にして血の気が引く感覚に襲われる。
「お前……本気でそんなことを……?」
「ははっ、そんな顔すんなって。まあ、俺たちも“被害者”ヅラする準備してっから、よろしくな。」
だがそのやりとりを、少し離れた木陰からじっと見守っていた人物がいた。モブ太郎である。
すぐに彼はスマホを取り出し、連絡を入れる。
「モブ美、制服盗む葛葉の姿、ちゃんと録れてたか?」
女子更衣室に潜入していたモブ美の返事は、明るく頼もしかった。
「うん、ばっちりバレずに録画成功!あいつ、油断しすぎ!」
モブ太郎は小さく息を吐き、冷静に続ける。
「よし、こっちも動く。今からそっちに葛葉たちが来る。俺も向かうから、証拠の準備を頼む。」
「了解。捕まえるなら今がチャンスだね。」
スマホをポケットに戻しながら、モブ太郎は足早に体育館裏へと歩き出した。その目には普段のモブらしさはなく、確かな決意が宿っていた。
——影に潜む者は、時として真実を暴く光になる。静かに、しかし確実に、逆転の一手が動き出そうとしていた。
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