オーロレイ号




 私は、お漏らしをしたオリスを、汚いと思い。手を離した。

 オリスは、商売道具を残して、子指を大事そうに抱えて、取調室を後にした。

 生存本能なのか、イヴァンが止める間もなく、戸を開けて部屋を出た。


「助けてくれ。まだ、死にたくない」


 イヴァンは、オリスの体を気遣って、私の提案を呑んだのだが。本人が、アレでは意味が無い。


「お前に、コレを預ける。オーロレイ号の航海日誌だ。ココに書かれている、マリア・マドナグラに会わせろ。コレが、一つ目の条件だ」


 私は、アイテムボックスから、オーロレイ号の航海日誌を取り出して、机の上に置いた。


「この航海日誌が、半日経っても、私の手元に戻らなければ。この城を半壊にする」


 イヴァンが、固唾を呑んで。航海日誌を、両手で掴み、椅子をしまった。


 私に、一礼をして、外に出ようとする。


「おい、私の服を準備しろ。バヤナルトの兵士は、レディーを裸で放置するのか。コレが、貴族の振る舞いなのか。化け物とは言え、レディーだぞ、私は」


 私は、2つ目の願いを口にして、窓から外の明かりが入る部屋へと移動させられた。


 調理場の隣の部屋にある、休憩所だった。

 十人ほどのメイドが、色とりどりのドレスを持ち現れて、着せ替え人形のように扱われる。


 胸にサイズを合わせたら、お腹の辺りがユルユルで、丈も短くなり。

 丈に合わせたら、胸がはみ出てしまう。

 結局は、メイド服の白いシャツを着て、黒いスカートを履かされる。


 タイミング良く、イヴァンが現れた。


「バトラーのビニガー様が、お会いになるそうだ。支度は、済んでいるのか」


 この男は、ノックもせずに、レディーが着替えているのに、ズカズカと入って来た。


「イヴァン様。ドレスは無理なようなので。大きいサイズのメイド服を、着せましたが。頭は、どう隠しますか。今は、コレしか御座いません」


 メイドが、小さな扇子を手にして、小物が無いと言い始めた。


 イヤ、私の顔は、ソレで収まるだろ。


「何か、問題でもあるのか。兵士十人が、私の周りを取り囲み、バトラーの元まで、送り届けたら、良いではないか。通路の端から端までを、警備しろよ」


 私は、メイド服を着せられて、バヤナルト城の中を堂々と闊歩した。

 兵士の数人が、先行して人の流れを止めて。私との対面を、阻止しながら。四階にある、ビニガーの執務室へと辿り着いた。


 かなり年配の老人だが。背は伸びていて、紳士的な、立ち振舞に見える。


「私は、こう見えても忙しいのだよ。化け物」


 ビニガーは、大きな机に、大量の書物と羊皮紙を並べて、忙しなく動いている。

 コチラを、チラッと見て。興味が無さそうに、羊皮紙に、目を移した。


「お忙しい中、お時間を頂き感謝を致します。バトラー様は、船首がハンマーヘッドに跨る少女の船を、ご覧になられた事はお有りですか」


 ビニガーは、机の上に置かれた、航海日誌を手に取り。少し持ち上げて、こちらに見せた。


「忘れもしない。マリア様が、デナガリ港へご到着された時に、一度見ている。ソレがどうかしたのか」


 私は、アイテムボックスから、オーロレイ号の船首を取り出して、執務室の床に下ろした。

 ビニガーは、椅子から立ち上がり、ハンマーヘッドに跨る少女の石像を、確認するために、側まで寄った。


「おい。兵士を集めて。この船の船首を、マリアの侍女長の部屋に運べ」


 ビニガーは、扉で待機している兵士に、船首を運ばせようとしている。


「言い値で買い取らせてもらうぞ。幾らだ」


 ビニガーは、買う気満々で、話を進めようとしている。


「弱りましたね。今の私は、お金に興味がないのですよ。ですが、欲しいものが、御座います」


 ビニガーは、金貨の袋を手にしていたが。私が、オーロレイ号の宝を、次々にソファーセットのテーブルに並べるものだから、困り果てた顔をした。

 だが、バヤナルト侯爵家のバトラーが、『言い値で買い取らせてもらう』何て言ってしまい後には戻れない。

 ソレに、化け物は、お金に困った様子がない。

 何を、請求さるるのか、ヒヤヒヤしながら尋ねた。


「何が望みだ」


「私は、見ての通り化け物だ。街に入るにも、パスが必要なのだろう。ソレと引き換えでどうだ」


 身構えていたビニガーは、『ホッ』と胸を撫で下ろして。確認のために、尋ねた。


「パスって、あのギルドで発行しているプレートの事か」


「あぁ、そんな事も言っていたな。頼めるか」


「そんな物で良いのか。『言い値で買い取る』と、コチラは言ったのだぞ」


「物の価値なんて、人それぞれだ。高価な宝も、上手い酒も、オーロレイ号の船首だって。ガラクタが宝物に変わる事だって、有るのだから」


 ビニガーは、テーブルの上に置かれた品々の中から、ワインボトルを手にした。


「コレも、オーロレイ号から漂着した物かな」


 ビニガーは、ワインボトルを手にしたまま、窓辺へと向かい。細かな泥を払って、コルク栓を確認した。


 カノタマー産のワインで間違いない。


「何か、勘違いをされているようだが。私は、海の生物だ。たまたま、オーロレイ号を見つけて、航海日誌を読み、話の続きが気になっただけだよ」


『ふー』


 ビニガーは、ホコリを払うために、息を吹きかけた。


「少し、目を通さしたのだが。航海日誌には、大量のワインが、積まれていたはずだが」


 ビニガーは、早歩きになり。執務室に備え付けられた、バーカウンターへと急いだ。


「ボトルワインも、大樽も私が持っています。記念に、そちらのボトルは差し上げますよ」


 私は、ビニガーとは、逆の方へと動き。ビニガーの机の上から、オーロレイ号の航海日誌を取った。


 ビニガーは、逆さまにぶら下がった、ワイングラスを手にして。引き出しから、栓抜きと真っ白いナプキンを手にした。


「失礼、何とお呼びしたら宜しいですかな」


 ビニガーは、私に興味を示したのか。私の名前を尋ねた。


「真理子と、お呼び下さい」


 ビニガーは、グラスを二つ持ち。こちらへと向かってくる。


「真理子様は、コチラの宝飾品を、お売りになったりはしませんか。出来れば、いくつかバヤナルト侯爵家へ、降ろしていただけませんか。特に、この、毒無効の指輪などは、貴族にとって、貴重なものです。手放すのなら、バヤナルト侯爵家に、買い取らせて頂きたい」

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真理子様は、サルベージを辞められない。 愛加 あかり @stnha0824

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