第17話 私もナデナデしてほしいです

 ある程度山道を登ると横穴が見えてきた。

「やっと着いたな。ここをひたすら奥に進むとサラマンダーがいるはずだ」

 アレンは穴の奥をじっと見据えている。その表情は真剣そのものであり、この先に待ち受ける危険の高さを物語っていた。空気が緊張でピンと張り詰めているようだった。その空気を切り裂くようにディーネがアレンに向けて、

「じゃあここからはアレンが前を歩いてくださいね。まさかか弱い女の子を盾にしたりしませんよね」

「どこにか弱い女の子がいるんだか。魔人をあっさり倒す店員とグ ランシーヌの団長しかここにはいないようだけど。それに女の子って年じゃないだろディーネは」

「またずぶ濡れになりたいのかしら」

 普段とは違う暗く、低い声にアレンは慌てる。

「じょ、冗談だよ、冗談。当然俺が前を歩くに決まっているだろ」  

 そう言って、アレンは穴の中を先導して歩き出した。 エリーはその背中をじっと見つめていた。広く大きな背中。決して見た目だけでなく、後ろにいるだけで得られる安心感。いつの間にか案外守られるのも悪くないのかなと思い始めていた。近づき過ぎず、離れ過ぎずの距離を保ちながらエリーはアレンの後を追った。しばらく穴の中を進むと、突然エリーの体が小刻み震え始めた。

「大丈夫か?」

「えぇ、なんとかね。これが四大精霊の霊圧ってやつかしら」

 エリーは自分の両腕で震える体を押さえつけるように抱いた。昨日までどんな強者を相手にしてもこのようなことはなかった。しかし今日は既に二度も恐怖で体がいうことを聞かない。思わず、震えを押さえる腕に力が入る。

 すると突然アレンが優しく頭を撫でてきた。

「心配すんな。何があってもエリーのことは守ってやるからな」

 はっとしてアレンを見上げると、満面の笑みでエリーを見ていた。 突然の出来事に頭に置かれた手を振りほどく。

「ちょ、子供じゃないんだから止めてよ。慣れればこんな圧力ぐらいなんともないんだから」

「はいはい、それは失礼しました」

 アレンは手をふりふりと振りながら、ゆっくりと前を歩き始めた。

 エリーは体を押さえていた手をほどき、さっきまで撫でられていた頭に自分の手を置いた。まだアレンの手の温かさが残っている気がした。頭を撫でられたのなんていつぶりだろうか。思い返すと恥ずかしくなり、頭を横に振る。

「エリーさん羨ましいですぅ。それにしてもアレンったら女たらしなんだから。あんなことされたら惚れちゃいますよね」

 ニコニコしながらディーネが声をかける。

「だ、誰が惚れるのよ!私はそんな簡単な女じゃないわよ」

「はいはい、それは失礼いたしましたぁ」

 エリーは先ほどのアレンを真似するように手を振りながらアレン の後を追った。 「もう、なんなのよ!」

 こんな状況でふざけるディーネに苛立ちながらも、自分の顔が火照っていることに気づくが、きっと暑さのせいだと思い、前に進んだ。その頃には先ほどまで震えていた体が嘘のように収まっていた。

 先へ進むごとに暑さがどんどんと増してくる。クーラードリンクがなければすでに熱中症、脱水症状で死んでいてもおかしくない。アレンとエリーの汗の量もだんだんと増えてきたが、ディーネだけ は変わらず涼しい顔をしていた。

「ディーネ、水ちょうだい。さすがにきつくなってきたな」

 ディーネはリュックからボトルに入った水を手渡すと、蓋を開けてぐびぐびと飲み再び蓋を閉めて、エリーに向けて投げた。エリー が器用に片手でキャッチする。

「エリーも飲んでおけよ。倒れちゃうぞ。もう全部飲み干していいから」

「あ、ありがとう……」

 エリーはじっと水の入ったボトルを見つめた。まだ半分以上は入 っているようだった。

『これは間接キスというものではないだろうか……』

 そう思い躊躇しながらも、何もアイテムを持っていない私を心配 してくれただけのアレンに悪いと自分を正当化し、蓋を開け勢いよ く飲んだ。一気に全て飲み干すと、ディーネと目が合った。ディーネはエリ ーの心の中を読んだかのようにニヤニヤと楽しそうにしていた。エリーは全くこの人はと思いながらも再びディーネに疑問を持つ。

「あなたの体ほんとおかしいんじゃない? さすがにこの環境でそ れはないわ。アレンは不思議じゃないの?」

 エリーはアレンが何か知っているのではないかと思い尋ねる。

「え? あぁ、言ってなかったっけ。ディーネは……」

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