雑貨屋エレールの守り神
咲希斗
第1話 プロローグ
「おい、目を開けてくれ! 頼む! お願いだ! お前がいないと俺は……」
アレンは地面に倒れた女性を抱え上げ、必死で呼びかけるが答えは返ってこない。 ピクリとも動かない。 まるで糸の切れたマリオネットのように全身の力が抜けきっている。傷ついた体から流れる血液だけが止まらない。
「くそ、くそ、こんな時になんで……」
そこでアレンはベッドの上で目を覚ました。見慣れた天井が目に入る。
「またこの夢か……」
そう言って、体を半分起こす。 汗が凄い。 シャツの上、三分の一程がぐっしょりと濡れている。 この夢を見るときはいつもそうだ。 右目から流れる一筋の雫を拭い、ベッドから出て、シャツを脱ぎ捨て、近くの椅子に掛けてある代わりのシャツに着替える。 三日に一度は同じ夢を見る。まるで呪いが掛けられているかの如く、同じ夢を同じ場面を繰り返し見ているのだ。
「あれは俺の罪……一生背負っていくんだろうな……」
この夢を見始めて二年になる。アレンは日々この悪夢に苦しみながら生きてきたのだ。 アレンは現在二十一歳になる。アレン・フリッツ。フリッツ家の長男として、とある田舎町に生まれる。 冒険者の父と母の間に生まれ、幼いころから剣術や魔法を教わった。 だが平和な日々は突然奪われた。 アレンが九歳になったころ、町は魔王の手下の軍勢に襲われ、父と母がその軍勢を食い止めている間、町の人々に連れられ命からがら逃げだしたのだ。 町は壊滅し、現在は更地になっている。 生き残った町の人によると父と母は遺体すら残っていなかったらしい。 アレンは父と母を殺され、町を破壊された復讐心を抱きながら自らの体を鍛え上げた。
元々、才能は超一級品であった為、十六歳になるころには【無限】という二つ名で呼ばれ、魔王を倒すために結成された後に勇者の称号を持つクラウス・グリーガー率いるパーティーの一員となる。 そのパーティーの中に初恋の相手となるエレナ・ライナスがいた。そして三年後、数々の苦難を乗り越え魔王の討伐に成功するがその際エレナが犠牲となってしまった。 世界の脅威であった魔王を討伐し、勇者クラウスをはじめとするエレナの抜けた四人のパーティーは王都で英雄ともてはやされたが、エレナを失ったショックでアレンは祝賀会を逃げる様に抜け出し、現在アレンが暮らしているこの町、レクレールに辿り着いた。
そして二年後……
「アレン、やっと起きましたね。朝食できているから早く食べてくださいね」
「あぁ」
真っ直ぐに伸びた長く淡い青色の髪で、見た目では二十代後半に見え、透明感がある絶世の美女がそう言うと、リビングに向かうアレンとすれ違うようにアレンの部屋に入っていく。 「もぅ、アレン。またシャツ脱ぎっぱなしで床に置いて! あー、昨日着ていたズボンも! いつもちゃんとまとめて籠に入れていてくださいって言っているでしょ」 女性はぶつぶつと小言を言いながら、手慣れたように部屋に散らばった衣類をまとめている。ついでに読みっぱなしにしている本なども棚に並べていく。
「ディーネ。母親じゃあるまいし、いちいちそんなことしなくていいよ」
「駄目です! 只でさえ湿気が多いのですからすぐカビが生えてしまいますよ。それにアレンは放っておくとすぐ家をゴミ屋敷にするじゃないですか」
「あーはい、はい。勝手にやっちゃってください」
このやり取りは自分に分が悪いと思ったのか、そうそうに諦め、朝食が並べられたテーブルに座る。 アレンはボサボサの髪を直そうと左手で髪をかきながら、ディーネが作ってくれたパンと卵を焼いただけの簡単な朝食を黙々と食べている。部屋から洗濯物をまとめて戻ってきたディーネがアレンのなかなか元に戻らないボサボサの髪を撫でると不思議と奇麗にまとまった。
「おっ、いつもありがと」
「いえいえ、それよりも急いでください。そろそろ時間ですよ」
「分かっているよ。ほんと母親みたいだな」
「私としては母親より嫁の方が嬉しいのですけどね」
「ぶふっっっ」
ディーネの一言に思わずアレンは口に水を含んだまま咳込む。ディーネはそれを見て、クスクスと満足そうに笑い、籠に入ったシャツに目を移す。
『アレン……まだあの時の夢を……』
ディーネもこの町でアレンと共に二年間過ごしてきた。アレンが心に闇を背負いながらも必死で生きていることを知っている。いつかその苦しみから解放してあげたいが、その役目は決して果たせない自分にやきもきしていた。
「よし、そろそろ開店するか」
アレンは水で口の中のパンを流し込み、食器を台所に運ぶ。
ディーネははっとして、明るく答える。
「はい! すぐ行きます」
アレンは外に出る扉の鍵を開けて、家の中にしまっておいた一枚の木でできた看板を外に出した。
その看板には……
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