第15話
"黒煙の勇者"それは"あの記憶"の中で活躍した勇者の異名だった。
私が19歳の頃、諸王国連合と帝国と戦争中だった諸王国連合内では、様々なプロパガンダが流布していた。
戦意鼓舞や志願兵の増加の為に"武器を手に取り、帝国の圧政を跳ね除けよ!"……とか、食糧の節制を求める為に"前線の兵士の為にパンをひと切れ譲ろう!"……と。
資源不足を理由にタブロイド判 に縮小された新聞やラジオ、街中に設置された看板や垂れ幕を通じて、いつでも何処でも、それらのプロパガンダの存在を刷り込んで来るのだ。
私はそんな節度という物を知らないプロパガンダに嫌気が刺していた覚えがある。
だが、その様なプロパガンダの内の一つにも、一つ、気になる物があったのだ。
"黒煙の勇者"という見出しで出されていたそれは、前線で活躍した1人の若い兵士の活躍を記した物だった。
そこには、こう書かれていた。
曰く、1人で200人の敵兵を撃退した勇士である。
曰く、幾つもの敵陣地を攻略した部隊の長である。
曰く、"魔剣"に認められた者である……と。
私はカルロス、言い争いをするカリスとシメオン、そして、その2人を宥めるカルロス達三人と廊下を進みながら、記憶の中の彼の容貌と目の前の少年を見比べていた。
うん、やっぱり似ている。
"あの記憶"の中の彼とは紙面を通してしか、その容貌を見た事はない。
しかし、派手に喧伝されていたこともあり、あの、少しやつれても尚、魅力を感じる整った容貌はしっかりと覚えている。
……ぶっちゃけ、彼がイケメンじゃなければ憶えてなどいなかった事は秘密だ。
話を私達の事へと移す。
私達4人は"お宝"を探す為、屋敷の中を徘徊していた。
普段なら私達全員両親に強制的に寝かしつけられるような時間だが、パーティー会場から流れてくる音楽の所為か、はたまた、非日常的な状況の所為か、眠気を感じない。
シメオンとカリスの言い争いも
『カリスちゃん、あんまり怒らないで……ね?』
眉を顰め、小言を言い連ねるカリスに対し、困った声でカルロスは宥める。
しかし、カリスは口元をきつく結びながら、カルロスに言い返した。
『だって、シメオンったら挨拶回りの時もずっとこんな調子だったのですよ?
今回も皆さまには笑って許して頂けましたが、将来的には爵位を継がれる方なのですから、礼節という物を…』
カリスの苦言は止まる事を知らず、そのままカルロスを巻き込み、貴族としての矜持や心構えを説く。
それにカルロスは困り果て、シメオンは心底カリスの事が面倒くさいといった態度を取った。
『ったく……わかった、わかったから黙れって。』
ぶっきらぼうに言い放ったシメオンに対し、カリスは眉間に皺を寄せ、ふんっと鼻を鳴らすとそっぽを向いてしまった。
私は苦笑いを見せながら3人に尋ねた。
『あはは、仲良いね?2人共この街に住んでいるの?』
カルロスは2人を宥める事を諦め、私の質問に答えてくれた。
『ううん、シメオンはこの街だけど、カリスはベネディポリ。
でも、親同士が仲良いからちっちゃい頃から月に一回くらい会う仲なんだ。』
『へぇー、ベネディポリかぁ……ベネディポリ???!』
私は驚きで目を見開いた。
ベネディポリといえば、私達が住むヴァロア王国の首都で、西部に位置する百万人都市。
東端に位置するヴィアースブルクとは真反対の場所にある大都市だ。
車だと路面整備が行われていない都市圏外を通る事になるから数日、都市間移動で一番メジャーな定期運行の飛行船でも片道6時間くらい掛かる。
そんな離れた場所に住んでいるのに、月1で会っているの??
驚きで目をぱちぱちと瞬かせる私に対し、カルロスは言った。
『うん、カリスはボクの"いいなずけ"だから、沢山会ってもいいんだって。』
『ああ、なるほど"いいなずけ"ね。……えっ!?"許嫁"?!』
私はギョッと驚きの余り、大きな声で叫ぶ。
3人は驚きでびくりと身体を震わせた。
カリスの顔から怒りの色が消え、困った様な顔を見せる。
『そこまで驚かなくても……』
私は短く、率直な言葉で言い返した。
『いやだって、早くない???』
カリスは少し考える様な仕草を見せながらも、困惑と淡い確信の混じった様な声色で応える。
『確かにそうかもしれませんが……早めに関係を決めておくのは悪いことではありませんし』
『か、カルチャーショックだ……』
ちょっとした"常識の違い"に愕然とする私を後目に、シメオンは苛立ちと気だるさを感じる言い方で言った。
『そんな事より、さっさと"お宝"を見つけるぞ。』
気まずい話題だったのか、強引にシメオンの態度に不満を覚えるが、私はふと思い浮かんだ疑問を尋ねた。
『ところで、"お宝"ってなんなの?私、まだ何を探せば良いのかわからないんだけど。』
カルロスは何気なく応える。
『魔術用の両手杖だよ。
なんか文字彫られている金属製の奴。』
『へぇー、ソルト君はもう買ってもらってるんだ。』
魔術用の両手杖。
文字通り魔術を行使する際の補助に用いられる杖だ。
ほら、古今東西"魔術師"のイメージは多少差異はあるとしても、だいたい杖を持っている筈。
あれの事だ。
魔術自体は杖が無くても行使出来るが、杖があった方が効果や精度、発生速度は優れる為、基本的に現代に於いても大きな需要がある。
希少性のある素材をふんだんに使用するその特性上、安い物でもちょっとお高めの車と同じくらい値が張る代物だから、市民層では国の補助金が出る魔術学校入学直前まで買わないって家も多い。
因みに私も自分専用の物は買ってもらってない。
普段練習に使っているのはミヒェルさんの家にあった古い持ち主不明の杖だ。
そんな物を7歳で買い与えられるなんて、やっぱりお金持ちなんだなぁ……
『ううん、買ってもらってないよ。
魔術学校に行く時に買って貰う約束なんだ』
私の期待を裏切る様に放たれたカルロスの言葉によって、私は自分の顔からすっと血の気が引くのを感じた。
『あれ…じゃあ、"お宝"にした杖は誰の?』
恐る恐る尋ねた私の様子にカルロスは違和感を感じたのか、一瞬戸惑う様な表情を見せ、シメオンの方を見た。
カルロスの視線に気が付いたシメオンは、"あぁ"と呟くとそれとなく応える。
『ハビエルの爺さんのコレクションの中から適当に拾ってきた』
私はシメオンの顔を思わず二度見してしまった。
魔術杖は最低でも車が買えるくらい高い代物であるが、ロント子爵のコレクションという条件を踏まえると、その価値は跳ね上がる。
最低でもビルが買えるくらい……いや、下手したら値段がつけられない代物である可能性も
その言葉を聞いた瞬間、シメオンを除く私たち3人の気持ちは一つになった筈だ。
"やばい"
『『『なんて事を!!』』』
私達はシメオンに詰め寄った。
カルロスが慌てふためきながら、"シメオンの奴じゃなかったの?!"と叫び、カリスは震える手でシメオンの服の裾を掴むと、声を震わせながら呟く。
『なんで……なんでコレクションから選ぶんですか!』
『だってガラクタを"お宝"にしても楽しくないじゃん』
シメオンは気まずさを感じたのか不機嫌そうに首を掻きながら呟く。
私の脳裏では最悪の事態が過っていた。
破損or紛失が発覚→お父さん達でも払えないくらい莫大な賠償金→死。
冷静さを欠いた私が導き出した飛躍に飛躍を重ねた未来予測は"悲惨"其の物であった。
私は真っ青になりながらカルロスの肩を待つとゆさゆさと揺さぶった。
『やばい、急いで見つけないと!ソルト君、"お宝"は誰に隠して貰ったの?』
勢いよく揺さぶられたカルロスは"ぐえ"と潰された時の様な声を漏らしながら答えた。
『シフさん!!……あー、お爺ちゃんのお手伝いをやってる人だよ!。多分、お爺ちゃんの隣に居るはず。』
***************
ロント子爵邸 パーティー会場
懐中時計がカチカチと音を鳴らしながら時を刻む。
時刻は午後10時。
"男"は懐中時計の蓋を閉じると、視線をパーティー参加者と楽しげに談笑をしている自分の雇い主……ロント子爵ハビエル=ソルトへと向けた。
『ハビエル様、お時間で御座います。』
『そうか、分かった』
ロント子爵は談笑相手に"引き続きパーティーをお楽しみ下さい"と伝えると、このスペースには"男"とロント子爵の2人だけとなった。
2人はパーティー会場を出て、控え室へと足を運びながら話を続ける。
『事は順調に進んでいるか?シフ。』
シフと呼ばれた蝶ネクタイの30代の男はロント子爵にピッタリ張り付く様に並走しながら、応えた。
『はい、屋敷周辺にて乱痴気騒ぎが発生する等の若干のトラブルはありましたが、いずれも対応させました。
パーティー開催に支障はございません。
しかし、ルフテン伯爵は急用があるとの事でお帰りに』
ロント子爵は応えた。
『仕方あるまい、向こうも義理で参加しているだけだろう。
長いする気など鼻から無かったのだろう。
それより、カルロはどうした?会場では見かけなかったが』
思い出したかの様に出された子爵の問いにシフは応える。
『シメオン様とカリス様、もう1人……恐らくクロフォード家のご令嬢と本館の方で遊ばれております。』
ロント子爵は一瞬、目を丸くしたが、次の瞬間にはくすくすと笑った。
『紹介するまでも無かったか。
やはりあれくらいの年頃は隔てなく接する事が出来る物なのだな……お前とリコが初めて会ったのも、あれくらいの年頃の事だったか』
子爵の言葉に、今度はシフが目を大きく見開いた。
『……よく憶えていらっしゃりましたね。もう20年以上昔の事なのに』
窓辺から差し込む月光に誘われる様に、子爵は窓から外の風景を眺めながら言う。
『歳を取ると如何も感傷に浸る事が多くなってしまう。
その時に忘れていた記憶も蘇ってくるのだよ。……お前も、リコの事を思い出す事はあるのか?』
シフは目を伏せながら応えた。
『……えぇ、カルロス様を見ていると、彼の事を思い出します』
その言葉に子爵はただ、"……そうか"とだけ応えた。
パーティーや街の喧騒から距離が離れた廊下に残された静寂は威厳に満ちた子爵のベールを剥がし、残ったのは悲しさに満ちた老人の姿だった。
子爵は風景から視線を外し、シフに目を向けると、静かに語り掛ける。
『カルロスが生き残ってくれた事実は、息子にとっても救いになる筈だ。
……シフ、カルロスの事をどうか守ってやってくれ』
『……承知しました。』
シフの返事はその一言だけだった。
遥か遠くから聞こえる喧騒と、懐中時計が針を進める音だけが支配していた静寂を、けたたましい複数の爆発音が破り、ロント子爵の屋敷を震わせた。
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