仮面アカデミア ~夢とウソの心理バトル学園~
ソコニ
第1話 仮面が光った、そのとき
真っ赤な光が、教室を血のように染めた。
「この子は、ウソをつきました」
冷たい宣告が響く中、ミカの手から白い仮面が転がり落ちた。入学初日、転校してきたばかりの教室で、ミカは致命的な過ちを犯してしまった。
三分前――。
「あなたの夢は何ですか?」
担任のモノ先生が、ミカの目を真っ直ぐに見つめていた。左右非対称の不気味な仮面の下で、何を考えているのか分からない。
夢なんて、そんな急に聞かれても。ミカは必死に頭を回転させた。医者? 先生? みんなが見ている。二十人のクラスメイト全員が、それぞれ異なるデザインの仮面をつけて、じっとこちらを見つめている。
早く答えなきゃ。何でもいいから。
「私の夢は……看護師に、なりたいです」
その瞬間だった。
ミカの手に持っていた白い仮面が、突然、禍々しいほどの赤い光を放った。教室の蛍光灯が一瞬消え、仮面の光だけが部屋を支配する。
「きゃあああっ!」
女子生徒の悲鳴が上がった。ミカ自身も、あまりの熱さに仮面を手放してしまう。床に落ちた仮面は、まるで生き物のように脈打ちながら赤く光り続けた。
「ウソだ」
「真っ赤じゃん」
「初日からこれって、ヤバくない?」
ひそひそ声が、ナイフのようにミカの心を刺す。
モノ先生がゆっくりと仮面を拾い上げた。赤い光は徐々に収まったが、真っ白だったはずの表面には、血のような赤い染みが浮かび上がっていた。
「仮面アカデミアへようこそ、ミカさん」
モノ先生の声は穏やかだったが、その言葉は死刑宣告のように重かった。
「ここでは、夢についてウソをつくことは許されません。あなたは今、第一の警告を受けました」
第一? ということは、次もあるの?
「三回、夢についてウソをつけば」
モノ先生が間を置いた。教室の空気が凍りつく。
「退学です。そして退学になった生徒は……消えます」
消える。その言葉の意味が分からなくて、ミカは震え声で聞いた。
「消えるって、どういう……」
「文字通りの意味です。存在そのものが、この世界から消去されます」
嘘でしょ? でも、クラスメイトたちの顔を見れば、それが真実だと分かった。みんな、恐怖に怯えた目をしている。
ミカは自分の席に案内されて座った。足が震えて止まらない。隣の席の女の子が、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫? 私、ミオ」
涙模様の仮面をつけた、優しそうな女の子だった。でも、ミカは大丈夫じゃなかった。
転校前、母さんは言っていた。「新しい学校は少し特殊だけど、きっとミカなら大丈夫」って。でも、こんなの聞いてない。仮面が心を読むなんて。ウソをついたら消えるなんて。
授業が始まったが、ミカは全く集中できなかった。手元の仮面を見るたびに、赤い染みが目に入る。まるで自分の罪を刻印されたみたいだ。
「次は夢の時間です」
午後になって、モノ先生が恐ろしい授業を始めた。
「一人ずつ、自分の夢を詳細に語ってもらいます。仮面は、あなたたちの真実を映し出します」
最初に立ったのは、太陽模様の仮面をつけたアキラという男子だった。
「僕の夢は、プロ野球選手になることです。毎日素振りを千回して、いつかホームラン王になりたい」
アキラの仮面が、美しい白い光を放った。本物の夢だ。
次々と生徒たちが夢を語る。画家、パティシエ、宇宙飛行士。それぞれの仮面が白く光り、時々黄色が混じる。黄色は「半分本当、半分迷い」の印らしい。
でも、一人だけ違った。
「私の夢は……お母さんみたいな素敵な主婦になることです」
クラスの後ろの方で発言した女の子の仮面が、ミカと同じように赤く光った。ただし、ミカほど激しくはない。オレンジに近い赤だった。
「ホノカさん、それは本当にあなたの夢ですか?」
モノ先生に問われて、ホノカと呼ばれた女の子は泣き出してしまった。
「分からない……お母さんがそう言うから……でも、本当は……」
「本当は?」
「……ダンサーになりたい」
仮面の光が、赤から白へと変わった。教室に安堵の空気が流れる。
ミカの番が来た。もう、ウソはつけない。でも、本当のことを言うのも怖い。
「私には、まだ夢がありません」
正直に言った。すると、仮面が黄色く光った。
「なるほど」
モノ先生が興味深そうに言った。
「完全な真実ではないが、ウソでもない。あなたの中には、まだ形になっていない何かがあるようですね」
放課後、ミカはミオと一緒に帰ることになった。
「ミカちゃん、本当に怖い思いしたね」
「うん……ミオちゃんは、いつからこの学校に?」
「一年前から。最初は私も、親に言われた夢を言って真っ赤に光っちゃった」
二人で歩きながら、ミオが恐ろしい話を始めた。
「ねえ、知ってる? 去年、一人の男子生徒が消えたんだよ」
「消えた?」
「三回ウソをついて、退学になった翌日。みんな彼のことを忘れてた。写真からも消えて、席も最初からなかったことになってた」
ミカの背筋が凍った。
「名前も、顔も、誰も思い出せない。私は彼と同じクラスだったはずなのに」
帰り道、ミカは何度も振り返った。もし自分が消えたら、母さんも私のことを忘れるの? 友達も、思い出も、全部なかったことになるの?
家に帰ると、ミカは自分の部屋で仮面を見つめた。赤い染みが、夕日を浴びて不気味に輝いている。
スマホが鳴った。母からのメッセージだった。
『新しい学校はどうだった? 友達できた?』
ミカは返信しようとして、手を止めた。本当のことを言ったら、母は信じるだろうか。心配するだろうか。
結局、こう返信した。
『うん、大丈夫。面白い学校だよ』
これもウソだ。でも、学校の外でついたウソは、仮面には映らない。
ミカは仮面を抱きしめた。これから毎日、この仮面と一緒に生きていく。ウソをつかないように。消えないように。
でも、本当の夢なんて、どうやって見つければいいの?
窓の外で、カラスが不吉に鳴いていた。明日は、どんな恐怖が待っているんだろう。
ミカは震えながら、ベッドに潜り込んだ。
(第1話おわり)
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