幼馴染みじゃダメなの?

@kuuhaju

1話 ずっと隣にいるのに

「舞香、遅いよ。はやく開けてよ」

「うるさい。今日もなにも買ってきてないのかよ」


そう言って、舞香はしょうを家にあげた。

玄関に入るなり、しょうは当たり前のようにスニーカーを脱ぎ、当たり前のように階段をのぼっていく。


「……クッションの位置、昨日と違う」

「細かいわ。片づけたんだよ」

「へー、やるじゃん」

「うるさい。人ん家でくつろぎすぎなんだよ」


部屋に入る動作も、ベッドにダイブする勢いも、何百回見たかわからない。

でも、それを「うざい」と思わないあたり、自分もだいぶ慣れてしまったらしい。

……いや、昔からこうだったのか。

ただ最近、それがちょっとだけ違って見えるようになっただけ。


私は床に転がってたコントローラーを足でぐいっと蹴って、壁際に追いやる。

机の上には、前回しょうが置いてったポッキーの箱がそのままになってた。


説明とか、ほんとはめんどいけど。


私は佐野舞香、高校一年生。

今ベッドでくつろいでるやかましいやつは、飛鳥しょう。

幼馴染みで、昔は毎日一緒にいた。

私が呼べば来たし、呼ばなくても来たし、気づけば隣にいた。

今は……週末だけ、私が誘う。

毎日は、もう、やめた。


ベッドの上でだらけてるしょうに、私はなんとなく声をかけた。


「もう5月だね。……部活、決めた?」


しょうは寝転がったまま手を伸ばし、机の上に置いてあったポテチの袋を勝手に開ける。

何も言わずにバリバリ食べながら、いつもの調子で返してきた。


「んー……まだ。中学のときも運動部だったし、今回も運動部かなって思ってるんだけどさ。今は適当にまわってるとこ」


「ふーん」


本当は、どうでもいい。

でも、なにか話してないと、なんとなく変な間ができる気がして。


「舞香は? 入りたい部活あんの?」


「ない」


しょうがちょっと笑った。


学校じゃ、隣の席の子としか話してないし、仲良くなろうとする気もない。

団体行動とか、ほんと無理。疲れるだけ。


週末にしょうが来て、こうやってぐだぐだして。

それで十分――って、自分に言い聞かせてる。


たぶん、今だけは。


「しょう、今日は何する?」


私は立ち上がって、コントローラーを探す。

テレビのリモコンの下にあったやつを手に取って、電源を入れようとしたそのとき――


ブッ、ブッ……と、スマホが震える音がした。


しょうのスマホが、机の上で小さく揺れてる。

しょうはそれをちらっと見て、ためらいもなく取って耳に当てた。


「……もしもし」


その声のすぐあと、スマホ越しに、女の人の声が聞こえた。

なにを言ってるのかまでは聞こえない。でも、たしかに女の声だった。


私は手を止めて、しょうの顔を見ないようにしながら、ソファに腰を下ろした。

なんとなく、リモコンのボタンをいじるふりをする。

しょうは「うん」「いや、今、大丈夫」って静かに応えていた。


その会話の内容を知りたいわけじゃない。

でも、何も聞こえなければよかった、とも思わなかった。


しばらくして、しょうがスマホを置いた。


私は自分でも驚くくらい、すぐに声が出ていた。


「……今の、誰?」


しょうが、ちょっとだけ間をあけて、私のほうを見た。


ポテチを食べながら、しょうは気楽な声で答えた。


「ん? 今の子、他のクラスの女の子。小麦楓ちゃんって言うんだよねー」

バリッ、といい音を立ててポテチをかじりながら、しょうは続ける。


「一緒に部活の紹介まわってくれてさ。俺もさ、付き合ったりできるかも~なんて思って回ってるわ、はは」


私は何も言わなかった。

何も言えなかった、が正しい。


しょうはベッドの上でポテチの袋を抱えたまま、のんびり笑ってる。

その笑い声が、さっきよりちょっとだけ遠く聞こえた。


昔は何も言わなくても来てくれたのに。

今は、私から誘わないと来てくれない。

それがどれだけ、寂しかったかなんて。

私が週末にだけ誘うこの時間も、

しょうにとっては、ただの暇つぶしだったのかなって、ふと思った。


「へえ。……そっか」


無理やり出した声は、思ったよりも軽かった。

でも、自分で自分の声を聞きながら、なんかちょっとだけ、寒気がした。


……さっきから、胸がざわざわしてる。


ポテチの音が耳に刺さる。

しょうの笑い声が、どうしてか遠くに聞こえる。


「付き合ったりできるかも~」って、そんな軽く言わないでよ。

その子の名前、なんであんな嬉しそうに言うの?


……もしかして、私、今……嫉妬してる?


バカみたい。ずっとそばにいたのに。

それだけじゃ、ダメだったんだ。


しょうはベッドの上でゴロゴロしながら、ポテチを口に放り込んでいた。

私はソファに座ったまま、その音を聞いていた。


「しょうじゃ無理だよ」

なるべく冗談っぽく言ったつもりだった。

「付き合ったことないでしょ? それに毎週うち来て遊んでるし」


――だから、って続けようとしたけど、声が喉に引っかかった。


しょうはポテチをもう一枚かじって、口元に笑みを浮かべたまま言った。


「月曜日、学校行ったら告白してみようって思っててさ」


……え?


「もし付き合えたら、ここ来るのは減ると思うけどねー」

「でも、舞香も毎週誘うのめんどくさかっただろうし。ちょうどいいよなー」


ベッドの上で笑うしょう。

私はその姿を、ソファから見ようとして――やめた。

ただ、視線を落として、無言で指先をいじっていた。


しょうに、彼女?


いやだ。

ほんとに、いやだ。


だけど、その一言が言えなくて。

言っちゃいけない気がして。


胸の奥に、じわって何かが溜まっていく感覚だけが残った。


まばたきすると、涙がこぼれそうで、

それを隠すように、私は視線をテレビに向けた。


画面の電源は、まだ入っていなかった。


「小麦さんに呼ばれたし、このポテチ食べ終わったら帰るわ」

しょうが軽い口調でそう言った。

ベッドの上で寝転がったまま、袋の中から最後の一枚を取り出す。


「このあとなんにもなかったんだけどさ、小麦さんが“勉強したい”って言ってきたからさ。

学校の図書館に行ってくるね」


その言葉を聞いても、私は何も返さなかった。


ただ、立ち上がって、ベッドの端まで歩いていった。

しょうの横にそっと腰を下ろして、ためらいながら、そのまま体を横にする。


同じ枕に頭が並ぶ。しょうの目が、ちらりとこっちを見た気がした。

私は目を閉じて、小さく、でもはっきりと言った。


心臓の音がうるさい。

久しぶりでもないはずなのに、妙に距離が遠く感じる。


隣に横になるなんて、いつぶりだろう。

いや、もしかしたら、最後かもしれない。


私は小さく息を吸って、そっとしょうの隣に横になった。

「ねえ、飛鳥」

「……ん?」

目を合わせたら、崩れそうだった。


「一緒にベッドで横になるの、久しぶりだね」


しょうは何も言わない。

沈黙が、逆に背中を押してくれる気がした。


「……私じゃ、ダメかな」


喉が震えて、声がうまく出ない。

でも、それでも続けた。


「ずっと、飛鳥から告白されるの、待ってたんだよ?

でも……飛鳥が、別の人のとこに行っちゃうくらいなら……」


言葉が途切れて、涙がにじみそうになる。

それでも、最後の一言はちゃんと届けたかった。


「……幼馴染みじゃ、ダメなの?」


【あとがき】登場人物紹介

『幼馴染みじゃダメなの?』を読んでくれてありがとうございます!


ここでちょっとだけ登場人物を紹介します

佐野 舞香(さの まいか)

・高校1年生。めんどくさがり屋。猫が好き。

・しょうとは保育園からの付き合いで、ずっと一緒にいた幼馴染み。

・ずっと好きだったけど、「言わなくても伝わる」と思ってた。

・本当はずっと、告白されるのを待っていた。

・胸は小さめ。しょうがその話をすると、ちょっと機嫌が悪くなる。

・父親は過去に蒸発しており、今は母と二人暮らし。

・かわいい見た目で、クラスではあまり話さないけど男子からは少し人気がある。


飛鳥 しょう(あすか しょう)

・高校1年生。舞香と同じクラス

・舞香の幼馴染みで、保育園からの付き合い。

・顔は“中の上”くらい。そこそこ整っていて、クラスの女子からは少し人気がある。

・明るくて人懐っこい性格。誰とでもすぐ仲良くなれるタイプ。

・悪気なく無神経なことを言ってしまうことがあり、舞香をイラつかせることも。

・週末になると、舞香の家に遊びに行くのがいつものルーティン。

・舞香のことは“年の近い妹”のように思っているが、最近その距離感が微妙に変わってきている。

・中学時代は運動部。高校でも運動部に入ろうか迷っている最中。

・恋愛経験はゼロだけど、今は同じ高校の小麦楓が少し気になっている。


小麦 楓(こむぎ かえで)

・まだ名前しか出てないけど、これから絡んでくる。

・しょうの気になる存在。

・しょうとは別クラス。

・舞香とは……(まだヒミツ)

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