星降る廃墟にて、令嬢は再興を誓う
真輝
プロローグ ― 焦土の戴冠
灰色の雲が重く垂れ込めた空の下、かつて「黄金の都」と呼ばれた王都ロストリエンの大通りに、屈辱的な行進が始まろうとしていた。
「王族を連れて来い!」
占領軍司令官の鋭い声が、瓦礫に埋もれた中央広場に響いた。三年前まで美しい石畳と噴水で彩られていた広場は、今や爆撃によって作られた巨大な窪地と化している。周囲の建物は黒く焼け焦げ、かつての荘厳な王宮は半分が崩れ落ちていた。
重い鎖の音が響く中、ヴェルディア王国最後の王族たちが引き出されてきた。
先頭を歩くのは、エドワード・フォン・ヴァーミリオン国王─五十二歳。かつて威厳に満ちていた瞳は今や虚ろで、立派な髭も白く染まっている。王冠は奪われ、豪華な王衣の代わりに粗末な囚人服を着せられていた。
その隣には、エリザベート王妃が震える足取りで歩いている。四十八歳の美しい女性だったが、三年間の囚われの身で頬はこけ、かつて黄金色に輝いていた髪は白髪交じりとなっていた。
「父上、母上...」
群衆の中から、震え声が漏れた。十八歳の少女が、変装した修道女の頭巾の下で涙を流していた。リュシアンナ・ヴァーミリオン─ヴェルディア王国の第三王女にして、今や王家最後の血筋である。
彼女の両兄、第一王子アルフレッドと第二王子ヘンリーは、既に二年前に処刑されていた。この日、最後に残った王族たちも、占領軍によって公開処刑されることになっていた。
「見ろ!これが貴様らの王の末路だ!」
占領軍の兵士が王に向かって泥を投げつけた。群衆の中からも、やがて石や野菜くずが飛んできた。しかし、それらを投げているのは本当の国民ではなく、占領軍が動員した協力者たちだった。
真の国民たちは、押し黙って涙を流していた。
「陛下...」
「王妃様...」
小さな呟きが、あちこちから聞こえてくる。人々は声を上げることができない。占領軍の監視が厳しく、少しでも王族への同情を示せば、自分たちも処刑される危険があったからだ。
パレードは王都の中心部から処刑場まで、約三キロの道のりを進む。その間、リュシアンナは群衆に混じって、愛する両親の最後の姿を見守り続けた。
「どうして...どうしてこんなことに...」
彼女の心は悲しみと怒りで張り裂けそうだった。三年前、隣国連合軍との戦争が始まった時、誰もこんな結末を予想していなかった。
ヴェルディア王国は小国ながら、豊かな農業と優れた工業技術を持つ平和な国だった。しかし、大陸全体を巻き込んだ大戦争に巻き込まれ、圧倒的な軍事力を持つ敵国に敗北してしまったのだ。
「許さない...絶対に許さない...」
リュシアンナは小さく呟いた。占領軍への憎しみが、彼女の胸の奥で燃え上がっている。
***
処刑場となったのは、かつて王立劇場があった場所だった。美しい建物は爆撃で破壊され、その瓦礫の上に粗末な木製の処刑台が建てられている。
「エドワード・フォン・ヴァーミリオン」
占領軍の判事が、冷酷な声で宣告した。
「お前は侵略戦争を指導し、数万の犠牲者を出した戦争犯罪人である。よって、断頭刑に処す」
「侵略戦争だと?」
エドワード王が、最期の力を振り絞って反論した。
「我々は自国を守るために戦っただけだ。侵略したのは貴様らの方だろう」
「黙れ!」
兵士が王の顔を殴りつけた。血が流れるが、王は屈しない。
「我が国民よ」
エドワード王は、群衆に向かって叫んだ。
「私はここで死ぬ。だが、この国の魂は死なない。いつか必ず、真の平和が戻ってくる」
群衆の中で、すすり泣きが起こった。リュシアンナも涙を流しながら、父の最後の言葉を胸に刻んだ。
「父上...」
処刑執行人が斧を振り上げた。その瞬間、リュシアンナは思わず目を閉じた。
ドスン。
鈍い音が響いた。
「次、エリザベート・フォン・ヴァーミリオン」
今度は母の番だった。エリザベート王妃は、最後まで気品を失わずに処刑台に上がった。
「我が愛する娘よ」
王妃が小さく呟いた。その言葉は、群衆の中にいるリュシアンナに向けられたものだった。
「どこにいても、母はあなたを愛している。そして、この国の未来を信じている」
王妃の言葉に、リュシアンナは声にならない叫びを上げた。しかし、声を出すことはできない。発見されれば、自分も処刑されてしまう。
「強く生きなさい。そして、いつか...」
王妃の言葉は、処刑執行人の斧によって断ち切られた。
リュシアンナは、その場に崩れ落ちそうになった。両親を失った悲しみが、津波のように彼女を襲った。
「陛下...王妃様...」
群衆の中から、慟哭が漏れた。占領軍の兵士たちが警戒を強めるが、もはや民衆の悲しみを止めることはできなかった。
「静粛に!」
判事が怒鳴ったが、泣き声は収まらない。
「これで戦争犯罪人の処刑は完了した。解散!」
占領軍は慌てて群衆を解散させようとしたが、人々は立ち去ろうとしない。最後の王族への弔いの気持ちを込めて、その場に留まり続けた。
「早く行け!」
兵士たちが銃剣を突きつけて脅したが、民衆は怯まない。
「お前たち...」
その時、異変が起こった。
***
処刑の夜、リュシアンナは廃墟となった聖ミカエル教会の地下に身を潜めていた。
教会は爆撃で屋根が吹き飛び、美しいステンドグラスも砕け散っていた。しかし、地下の礼拝堂は奇跡的に無事だった。
「王女様...」
地下には、王家に忠実な数少ない家臣たちが集まっていた。元騎士団長のサー・ガレス、宮廷魔術師のマーリン、そして忠実な侍女頭のマーガレット。
「父上と母上は...」
リュシアンナは言葉を続けることができなかった。涙があふれて、声にならない。
「お悔やみ申し上げます、王女様」
サー・ガレスが深々と頭を下げた。
「しかし、王家の血筋はあなた様がお守りになりました。希望はまだ残っています」
「希望...」
リュシアンナは虚ろに呟いた。
「もう何もかも失ってしまったわ。国も、家族も、すべて...」
「いいえ、王女様」
宮廷魔術師マーリンが、厳粛な表情で進み出た。
「まだ残っているものがあります。それは、あなた様の中に流れる王家の血と、民を愛する心です」
マーリンは古い木箱を取り出した。中には、歴代の王が戴冠式で使用した秘密の王冠が入っていた。
「これは...」
「初代王アーサー・ヴァーミリオンの王冠です」
マーリンが説明した。
「占領軍が奪った王冠は偽物でした。真の王冠は、このような時のために秘密の場所に隠されていたのです」
王冠は質素な作りだったが、不思議な光を放っていた。まるで星の輝きを閉じ込めたような、神秘的な美しさがあった。
「王女様、お決めください」
サー・ガレスが膝をついて言った。
「このまま隠れて生き延びるか、それとも...」
「王として立ち上がるか、ですね」
リュシアンナは王冠を見つめた。それは重い責任の象徴だった。
「私は...私は十八歳よ。王になるには若すぎる」
「年齢は関係ありません」
マーガレットが優しく言った。
「王女様の心の中には、既に王としての器が備わっています。今日、処刑場で見せたあなた様の涙は、真の王の涙でした」
リュシアンナは長い間沈黙していた。地下礼拝堂には、ろうそくの光だけが静かに揺れている。
「私が王になっても、この国を救えるでしょうか?」
「一人では無理でも、民と共になら可能です」
マーリンが答えた。
「そして、あなた様には特別な力が宿っています。それは、やがて大きな希望となるでしょう」
「特別な力?」
「はい。〈星辰工廠〉と呼ばれる力です。壊れたものを修復し、失われたものを再生する力です」
マーリンの言葉に、リュシアンナは胸の奥で何かが動くのを感じた。それは温かく、希望に満ちた力だった。
「分かりました」
リュシアンナは立ち上がった。
「私は、ヴェルディア王国第二十七代女王として、この国の復興を誓います」
「王女様...」
家臣たちが感動の涙を流した。
***
真夜中、秘密の戴冠式が始まった。
「リュシアンナ・エリザベート・ヴァーミリオン」
マーリンが厳粛に唱えた。
「あなたは、ヴェルディア王国の正当な王位継承者として、この王冠を受けますか?」
「はい」
リュシアンナは毅然として答えた。
「私は、亡き父エドワード王と母エリザベート王妃の遺志を継ぎ、この国と民のために尽くすことを誓います」
王冠が彼女の頭に載せられた瞬間、不思議なことが起こった。
教会の破れた天井から、星の光が差し込んできたのだ。それは王冠と共鳴するように輝き、リュシアンナの全身を包み込んだ。
「これは...」
〈星辰工廠〉の力が覚醒した瞬間だった。彼女の手のひらに、小さな星のような光が浮かんでいる。
「素晴らしい...」
マーリンが息を呑んだ。
「伝説の力が、ついに現れました」
「この力で、私は何ができるのですか?」
「壊れたものを修復し、失われたものを再生できます。ただし、夜間にのみ、そして星の光がある時にのみ発動できます」
リュシアンナは自分の手のひらを見つめた。小さな光だが、それは確かに希望の光だった。
「陛下」
サー・ガレスが改めて深々と頭を下げた。
「我々は、あなた様と共に戦います」
「ありがとう、皆さん」
リュシアンナ女王は、初めて微笑みを浮かべた。
「でも、これは秘密にしておきましょう。今はまだ、時期が早すぎます」
「承知いたしました」
「まずは、民の暮らしを少しでも改善することから始めましょう。この力を使って、できることから始めます」
地下礼拝堂に、希望の光が灯った。それは小さな光だったが、やがて国全体を照らす大きな光となることを、この時の彼女はまだ知らなかった。
「父上、母上」
リュシアンナは心の中で両親に語りかけた。
「私は必ず、この国を復興させます。そして、民が再び笑顔で暮らせる日を取り戻します」
王冠の星光が、静かに輝いていた。
***
戴冠式の後、リュシアンナは一人で教会の外に出た。
夜風が頬を撫でていく。星空を見上げると、無数の星が瞬いている。その中に、両親の魂があるような気がした。
「父上、母上、見ていてください」
彼女は星空に向かって誓った。
「私は、この焦土と化した国を、必ず美しい王国に戻してみせます」
街の向こうから、占領軍の監視塔のサーチライトが空を照らしている。厳しい現実が、彼女を取り巻いていた。
「でも、私は一人じゃない」
リュシアンナは〈星辰工廠〉の力を感じながら呟いた。
「この力と、民との絆があれば、必ず道は開ける」
翌日から、彼女の長い復興への道のりが始まることになる。それは困難に満ちた道だったが、彼女は決して諦めなかった。
焦土の中で行われた秘密の戴冠は、新しい時代の始まりを告げていた。
星光に祝福された若き女王の物語が、今、始まろうとしていた。
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