Ⅱ-5.穴、そこはない。③

「ナナナの遺体は役場に運び、手続きは済んだ。ナナナは、もう帰ってこない」


 翌朝、オパエツの報告を受け、私たち家族は静まりかえった。言葉を失う、というより一晩経っても実感が湧かなかった。マレニ、ヨッカを見ても、私と同じように昨晩は眠れなかったらしい。


 ずっと暗い部屋の中で天井を眺めていた昨晩、目を覚ましたヨッカが暴れる声が聞こえた。帰ってきたオパエツが止める音も聞こえた。ヨッカが今静かなのは、事情を大体、そのときに聞いたからだ。


 オパエツは全員の顔を見てから、十分に間を置いて、話を切り出した。


「新しい家族についてだが」


 耳の裏が引きつるような感覚。私含め、家族の全員がオパエツへ視線を向けた。オパエツは一瞬ひるみ、それでも続きを言った。


「今ソウィリカでは同様の事案が多発しているらしい。つまり、SCSによる、模人の死だ。戸籍課は忙しく、家族の編入には時間が掛かるそうだ。なにより、新しい個体のための魂石もない。しばらくは四人で暮らしていくことになる」


 四人という言葉が重く心にのしかかる。


「質問は、あるか?」


 オパエツの質問に、誰も答えなかった。


 音を立てたのは、椅子を引いたヨッカだった。


「じゃあ、俺行くわ」

「行くって、どこに?」


 私は反射的に訊ねた。ヨッカの顔には深い隈があり、立ち姿にも生気はない。誰が見たって寝るべきだった。


「どこって。どこでもいいだろ」

「良くないよ。心配だよ。こんなときに」

「そうよ、ヨッカ、今日くらい」


 フォローの言葉を掛けてくれたマレニを、ヨッカは激しく睨みつけた。


「マレニ、うざい」

「えっ……」


 マレニは口を抑えて、目を丸くした。

「おい、マレニとイヨに担がれて帰ってきたのは誰だ?」

「うるせぇな。スカして仕切ってんじゃねぇよ。人間になろうともしねぇで他人を馬鹿にするのは気持ちいいか?」

「ヨッカァ……ッ!」


 オパエツは立ち上がり、ヨッカを睨みながら接近した。


「ちょ、ちょっと」

「なんだ。殴るのか? 一発だったら殴らせてやるよ。痛いのはオマエだけだけどな」

「やろぉお!」


 オパエツが拳を振り上げる。


 私は目を逸らし、両手で顔を覆った。


「やめてよっ!」


 それは、聞いたこともないマレニの金切り声だった。私もオパエツもヨッカも、マレニの方を見て動きを止めた。


 オパエツはヨッカを殴る直前だった。


「そんな、そんなこと、ナナナはしてほしくないよ。オパエツもヨッカも、喧嘩しないで。喧嘩しないでよ!」


 オパエツは握りしめた拳を下ろし、ソファにズシンと身を預けた。


 ヨッカは部屋を出て、そのまま玄関から出て行った。窓から微かに見えたヨッカはいつものジムバッグを持っていた。


「ごめんね、取り乱しちゃって。今日は部屋で寝てる」


 マレニはそう言って二階へ上がった。


 こんなとき、ナナナがいれば、もう少しみんなを落ち着かせてくれたのかもしれない。考えても無駄だとは分かっていても、考えずにはいられなかった。


「オパエツは、どうするの」


 ソファの後ろから覗き込むと、オパエツは腕を組み、目を閉じたままいびきをかいていた。


 昨晩から手続きや何やらでずっと眠っていなかったらしい。少し目を閉じた間に、本当に眠ってしまったようだ。


 私はオパエツに毛布を掛けて、自分の部屋に戻った。

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