鉱山都市ソウィリカの自律型構造体家族
はるかなつき
0 プロローグ
待合室の壁には、私たちの住んでいる都市――鉱山都市ソウィリカの地図が貼ってあった。ソウィリカは大きなドーナツのような形をした都市で、中心に採掘場があり、私たちの生活圏がすり鉢状に広がっている。言うまでもなく、ソウィリカは採掘のために造られた都市だ。
地図の北側、採掘場と生活圏の間にひとつシールが貼ってあって、そこが今私たちのいる待合室だった。
私は家族と一緒に、待合室のソファで座っていた。ここには私を含め五人で来ていた。
私の隣に座って、体を折りたたむようにして頭を抱え込んでいる彼がナナナ。心配性でいつもオロオロしているけれど、神経質な彼の作る料理は絶品だ。
その隣で、ナナナと対照的に鼻歌を歌っているのがマレニ。いつも明るく脳天気だが、歌劇団に所属していて、彼女の演じた魔女の役はとても迫力に満ちたものだった。
ソファから離れて、机でPCを叩いているのはオパエツ。マレニの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらいにいつもムスッとしている。彼は敢えてその表情で暮らしているらしいけれど、いざというときに笑えるのか、私は不安に思っている。
ここにはいない、待合室の扉の先――採掘場で私たちの代表として頑張っているのがヨッカ。明るいダンサーで、私たちはいつも彼の笑顔に助けられている。
ヨッカは私たち五人の家族選挙によって『最も人間に近い』と選ばれた模人だった。
私たち模人は、人間に近づくために造られた自律型構築物だ。体は精巧な無機物で出来ているし、人間の魂が保存された魂石さえ残っていれば、次の体に魂石を填め込むことで永遠に生き続けられる。
『新たな魂石の採掘』がなければ、新しい模人の個体を造ることは出来ないけれど、ここ百年前後は誰も成し遂げられてはいないのが実状だった。失敗が続く原因は不明だが、今いる模人たちは、新たな個体がいなくとも差し迫って困ってはいないことに気付いてしまった。それを問題視する意見もあるが、世間ではどうにも、諦めと停滞の風潮が流れていた。
それでも、明朗快活・太陽のように人々を勇気付けるヨッカにかかればきっと『魂石の採掘』を達成できると、私たち四人は一縷の希望を信じて彼を送り出した。
「ねぇ、イヨ」
私の隣で震えていたナナナが、ぽつりと私を呼んだ。
「何?」
壁の地図から目を離してナナナを見ると、指の隙間からこちらを覗いてしばらく何かを考えるように黙っていた。目は震えていない。
「……夕飯の献立、豪勢なのと質素なのどっちを考えておいたらいいかな?」
「豪勢なのを考えておいたら? 失敗を前もって考えておくのも失礼でしょ」
「……そうかな」
そう言ってナナナは頭を抱えて、また塞ぎ込んだ。
「私も豪勢な料理がいいと思うわ。ほっこりとしたグラタン、ローストビーフに、ロールキャベツ。だって楽しいことを考えていればきっと、それは現実になるわ」
マレニは長調な節をつけて言った。
「歌うな、マレニ。騒がしい。公共の施設だぞ」
オパエツが窘める。張り合ってマレニが歌うのは日常茶飯事だった。
「オパエツも歌っているのよ。ナナナも、イヨも、勿論ヨッカも」
「じゃあ黙れ。そもそも想像が現実になるのはどれだけ拡大解釈しても自己の範囲だけだ。扉の向こうに行ったヨッカの成否に俺たちの今の思いは関係ない。この一〇〇〇年近くだれも魂石の採掘には成功していないんだ。気持ちだけのヨッカがたまたま成功する確率はゼロに等しい。ナナナ、今晩はパンとスープだけだと思っておけ。そもそも材料は豪勢も質素も全部同じだ」
PCから目を離さず、オパエツは立て板に水に喋った。
マレニは途中からオパエツの話を聞き飽きたようで、舌を出し入れしながら鼻歌を歌っていた。
「だってさ、ナナナ」
「パンとスープで、スープの味だけ凝ろうかな」
「オパエツ派? 仲良いよね」
「失敗するとは思ってないけど、僕のがっかりってすごく表に出やすいから。ヨッカに悪いと思う」
「気遣いすぎじゃない?」
「……ありがとね、イヨ」
ナナナのそういうところが、私は心配になる。オパエツは合理的でスマートだけれど、ナナナへの影響は良いところばかりではない。ヨッカが帰ってきたら、それが吉報でもそうでなくとも、家族で揃ってマレニのオススメの歌劇を見よう。そう決めたところで、待合室と採掘場を隔てる扉が開いた。
扉の先からは、採掘場を取り仕切るマルトン司祭と、彼に連れられたヨッカの二人組が戻ってきた。
私たちは銘々立ち上がり、家族全員で二人を迎えた。
マルトン司祭は黒地に白い刺繍の施された祭服を埃のひとつなく身に纏っていた。
一方のヨッカは、同じ祭服でも黒一色で、それも上半身は布地を破いて、肌を露出した状態で砂まみれになっている。
「お待たせ致しました。ヨッカさんのご家族の皆様。ヨッカさんの採掘ですが」
「俺の口から言わせてください」
ヨッカはマルトン司祭の言葉を遮り、一歩前に出た。それから勢いよく頭を下ろし――
「本当にごめん。やっぱり俺じゃ力不足だった。全く傷ひとつ付かない。はっきり言って今のままじゃ無理だ。絶対掘れない。みんなが認めてくれたのに、不甲斐ない。本当に申し訳ない」
しばらく待合室には、採掘場からの風の音だけが鳴っていて、私たちはヨッカの下げた頭を見ていることしか出来なかった。
「分かりきったことを大見得切って言うな」
沈黙を破ったのはオパエツだった。
続くようにマレニが歌う。
「そうそう。大丈夫大丈夫。ヨッカは頑張ってくれた。頑張ってくれた。また一緒に私たちと生活して、人間に近づこうよ」
「二人とも……」
ヨッカは顔を上げないまま、小さく震えた。床にぽつぽつと雫が落ちる。
私は見たくないヨッカの姿に、精一杯明るい声を出した。
「ちょっとヨッカ、私たちのことも忘れないでよね。一人で抱え込まないで、私たちは五人でひとつの家族なんだから」
「みんなっ……」
顔を上げたヨッカに何か言ってやれと、私はナナナに「ね」と促した。
しかし、ナナナは胸を両手で押さえたまま、表情ひとつ動かないで止まっていた。
「ナナナ……?」
対面したヨッカも、私もマレニもオパエツも、一斉にナナナに注目した。
「ナナナさん!」
一番早く動いたのはマルトン司祭だった。
マルトン司祭は絶縁グローブをして、動かなくなったナナナの体を横にして寝かせた。
そして私たちに告げる。
「ナナナさんの魂石が砕けています。肉体の耐用年数ではありません。最も近い表現をするならば、ナナナさんは死んだのです」
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