恋する言霊、ダダ漏れです!
月待ルフラン【第1回Nola原作大賞】
第一部 ようこそ!地獄のラブコメ学園へ
第1話 出会って5秒で、人生終了!?
「言吹(ことぶき)さんは、いつも本を読んでるのね」
クラスメイトの、誰だっけ。確か佐藤さんだったか、斎藤さんだったか。そんな曖昧な顔と名前の持ち主から投げかけられた言葉に、私は文庫本から顔を上げることなく、小さく「うん」とだけ返した。
高校に入学して、三ヶ月。
新しい教室、新しい制服、新しい人間関係。キラキラしているはずの毎日は、私にとって少しだけ息苦しかった。自分の気持ちを言葉にするのが苦手で、当たり障りのない会話で当たり障りなく消費されていく休み時間が、どうしようもなく苦手だった。
だから私は、いつも本の世界に逃げ込んでいた。ここには、私を傷つける言葉も、返事に困る質問もない。完成された物語だけが、静かにそこにある。
「……何か、変わらないかな」
誰にも聞こえない声で呟いたその言葉が、まさか本当に世界を変えてしまうだなんて、この時の私は知る由もなかった。
その日の帰り道、私はいつものように駅前の古書店に吸い寄せられた。古い紙とインクの匂いが、なぜか心を落ち着かせる。
「いらっしゃい」
カウンターの奥で、店主のおじいさんが目を細めた。
「お嬢ちゃん、いつもありがとうね。……そうだ、ちょうどいい。あんたみたいな子が好きそうなのが、入ったんだよ」
そう言って差し出されたのは、一冊の古びたノートだった。
深い青色の革張りで、装飾は一切ない。ただ、表紙の中央にだけ、色褪せた金色の箔押しで、流れるような筆記体が刻まれている。
『コトノハ・ハート・ノート』
なぜだろう。その文字を見た瞬間、心臓がドキリと跳ねた。まるで、ずっと昔からこのノートを知っていたような、不思議な感覚。
「……これ、ください」
気づけば、私はそう口にしていた。
自室の机で、改めてノートを広げる。中は上質なクリーム色の紙で、罫線ひとつない真っ白な世界が広がっていた。私はアンティークのインク壺から、鳥の羽根ペンに深い青色のインクを浸す。そして、最初のページに、少しだけ緊張しながら自分の名前を書き込んだ。
――言吹ことは
その、五つの文字を書き終えた瞬間だった。
「えっ!?」
書いたばかりの文字が、まるで生命を宿したかのように、インクと同じ青色の光を放ち始めたのだ。光はページの上で渦を巻き、小さな竜巻のようにインクを吸い上げていく。
「きゃああああっ!」
抗う暇もなかった。渦は私の腕を掴み、ノートの中へと引きずり込んでいく。ぐにゃりと歪む視界。ページに印刷されたインクの匂い。それが、私の最後の記憶だった。
「……ん」
次に目が覚めた時、私はふかふかの苔の上に寝かされていた。ひんやりとした土の匂いと、甘い花の香りが鼻をくすぐる。
見上げれば、空の青さを反射してきらめく、巨大な水晶の葉をつけた木々。地面には、七色に輝くキノコが群生し、小川のせせらぎは、まるで歌声のように聞こえた。
「……どこ、ここ」
パニックで固まっている私の耳に、頭上から不機見な声が降ってきた。
「よぉ、今年の新入りか。見たところ、ポンコツのドジっ子だな。ま、せいぜい頑張るこった」
声のした方を見上げると、木の枝に一羽のフクロウが止まっていた。まん丸い瞳で、じっと私を見下ろしている。
「フクロウが…喋った…?」
「あぁ? 当たり前だろ。それともなんだ、お前の地元じゃ鳥は喋らねぇのか? 遅れてんな」
「……口、わるっ!」
思わず叫ぶと、フクロウ――モコと名乗った――は、呆れたようにため息をついた。
「いいか、小娘。よく聞け。ここは言霊の国『アヴァロン』。お前みてぇな、現実世界でウジウジしてる奴が、魂だけ引きずり込まれる、言わば『魂の収容所』だ」
「しゅ、収容所!?」
「そしてお前は、今日からこのアヴァロンにある『言祝ぎ学園』の生徒となる。おめでとう。これで晴れてお前も、このクソったれな世界の歯車の一つだ」
最悪すぎる歓迎の言葉に眩暈がする。私はモコに促されるまま、よろよろと立ち上がった。モコが言うには、とにかく学園に行けば、今後のことがわかるらしい。
モコに導かれ、森を抜けると、私の目の前に信じられない光景が広がった。
空に浮かぶ、巨大な島。
その上にそびえ立つ、全てがクリスタルでできた白亜の城。それが、「言祝ぎ学園」だった。
あまりの美しさに息をのむ。城へと続く虹の橋を渡り、巨大な校門をくぐった、その瞬間だった。
全校生徒、数百人の視線が、一斉に私に突き刺さった。
ヒソヒソと、不穏な囁きが聞こえてくる。
「あの子が、今年最後の『生贄』…?」
「可哀想に。何も知らずに来ちゃったのね…」
「どうせ、一週間も持たないでしょ」
生贄? 可哀想? 何を言っているの?
状況が理解できず、恐怖で足がすくむ。その時だった。シンと静まり返った生徒たちの間から、一人の男子生徒が、ゆっくりとこちらへ歩み出てきた。
腰まである、夜空を溶かしたような色の艶やかな長髪。通った鼻筋に、涼しげな切れ長の瞳。現実の人間とは思えない、ガラス細工のような美貌を持つ、一つ年上くらいの先輩。
心臓が、ドクン、と大きく跳ねた。
時間が止まる。
世界から、音が消える。
私の頭の中を、秒速で思考が駆け巡った。
(――な、なにこの人、カッコよすぎて意味わかんない! 顔面国宝! ノーベル美形賞! 同じ人間!? 無理、尊い、死ぬ…!っていうか待って、あの髪サラサラすぎない? どこのトリートメント使ってるの!? 教えてほしい! 神に感謝! マジ卍!)
その、私のIQを著しく低下させた心の声が。
脳内に直接響き渡る、超弩級の大音量の言霊となって、その場にいる全員に、一言一句違わずダダ漏れになった。
『な、なにこの人、カッコよすぎて意味わかんない! 顔面国宝! ノーベル美形賞! 同じ人間!? 無理、尊い、死ぬ…!っていうか待って、あの髪サラサラすぎない? どこのトリートメント使ってるの!? 教えてほしい! 神に感謝! マジ卍!』
全校生徒が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。
憧れの先輩――静燈は、ピクリとも表情を変えず、ただ無感情な瞳で私を見下ろしていた。
終わった。
私の人生、終わった。
羞恥と絶望で死にそうになっている私の前で、氷のように冷たい声が響いた。声の主は、燈先輩の隣に立つ、気の強そうな美人の先輩。
「新入生、言吹ことは。――これより、あなたの『選別』を開始します」
彼女は、まるで虫ケラでも見るような目で、私に宣告した。
「もし落第すれば、あなたの『存在』は、この学園から永久に**『削除』**されます」
「え…さ、削除…?」
憧れの先輩にアホみたいな心の声を暴露された直後、いきなり突きつけられる理不尽なデスゲーム。
私の高校生活、始まる前に、終わった――。
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