一章最終話 朱青満月 〈幕切れと、〉
妄言じみている。
「お前らがオレにかかり切りなってる間、街を燃やすことだってできる……! 鬼が直接〈表〉に干渉出来ないからって舐めるなよ……!」
熾矢はそう思った。
荒い息、ほつれた髪のせいで、追い詰められた窮鼠がチュウチュウ鳴いているようにしか聞こえない。
しかし。
「……鬼が、集団発生した」
だっと佳月は駆け出した。
「あ、馬鹿!」
ぴょんと高く跳ねて二階から駆け出す。
「!」
たじろぐ式に、俺はピースして見せる。
「式! 心配すんな!」
熾矢は龍を顕現して、狼を追いかけた。
「……信用します」
瑠衣や仁に加え、あの二人が出向くなら……。
私は、この『仕事』に専念できる。
天井が割れた。
降り注ぐガラスを撃ち返したが、鬼には擦り傷程度のようだ。
「っ……!」
溢れ出てきた鬼の大群に、式は槍斧を向ける。
(これだけの鬼……! 手こずるか……!)
「式」
冷静に沈んだ声に、式は即座に応じる。
「はい」
「空間を歪めろ」
式は虚を突かれた。
結界の一種である、〈空間閉鎖〉。囲いたい空間を定め、その境界を歪めて世界を閉じる術。式の使える術の中で、最も難しく、最も体力を食う術。
「ですが……そんな余裕は」
「一分で良い」
「……この量を、ですか? 私を庇いながら?」
この術式を使うなら、併発どころか完全に無防備になってしまう。
「ああ。……式、俺と私はね」
振り返った姫の表情は、式に緊張を走らせた。
「猛烈に怒ってるんだ。傲慢なことだけどね、どうしてもあいつを殺してやりたいんだよ。逃がさない。もうこれ以上生き存えさせない」
式は黙って主人を見る。
「絶対に、今日殺す」
「……御心のままに」
式は、槍斧を持つのをやめた。
鉄屑の中で、式は両手を地面につく。
「……全ての
「くっ……数が多い!」
瑠衣は得意の魔法で姿を隠しながら、仁の援護射撃を続けている。
「〈
「瑠衣! 助太刀に来た!」
龍に乗った少年が叫ぶ。
彼は屋根目掛け飛び降り、龍は鬼の群れへ突っ込んだ。
「遅い! 馬鹿! なんかいっぺんに焼却できるのないの⁉︎」
「んな、ゴキブリへの置き餌みたいなこと出来ねーよ!」
「なんでよりにもよってその例えなの⁉︎ それに餌じゃなくて毒でしょ⁉︎」
龍が炎を吐き、炎を纏う爪が鬼を裂く。
「うるさい。集中させろ。じゃないと家まで燃える」
「あなたが悪いでしょう⁉︎ おまけに危険すぎるっ!」
「後で聞く」
「はぁああああああ⁉︎」
でも、お陰で鬼の勢いが衰えた。
「仁!」
黒猫は、猫の大きさに戻って瑠衣の首に巻き付いた。
「ご苦労様……無事で何より」
「にゃーん」
「……朱満月が消えるまで、あと幾つ?」
屋根を越えようとしていた鬼の頭が爆発した。
「……あと、二時間だよ」
射手は、ゆっくり屋根の上を歩いてくる。
「でも、多分それより先に彼女らが鬼姫を殺す」
銀の髪を長くたなびかせ、狼は水平線を見た。
「それでも……朱天童子が死なないならば——意味がない」
「なんで! なんで逃げられないの⁉︎」
「式の能力。おい、もう鬼はいないのか?」
少女はゆっくり距離を縮める姉を見る。
四十秒で百近い鬼を屠り、血を浴びた姿はまるで鬼神。
「なんで……なんでっ! あの方も言う通りにしたのに‼︎」
「騙されたんじゃね?」
気軽に姫は言う。
「そっ、そんな訳ない‼︎ あの人は鬼の味方……! わたしをあえて殺す訳ない‼︎」
「用済みなんじゃね? だって、代えがきくんだろ?」
黒姫は聞きたくない言葉を排除しようと蹲る。
「違う……違う! 勝ち方だって考えてくれた! 直接助けに行けなくてごめんって言ってくれた‼︎」
愛されている。
必要とされている。
そのはずなんだから!
「ふーん。でもまあ、負けそうだし……殺されてよ」
「おねがい、ゆるして……まだ、死にたくない……!」
姫は足元の妹に視線を向け続けている。
「お、ねぇ、ちゃ……」
這いずって、妹は距離を取る。
「わ、わたしのこと、そんなに嫌い?」
「……」
「わたしなんかいない方が良かった?」
姫はそれを見ながら笑った。
「馬鹿じゃねーの」
俺が生きてて欲しいと思うのは、俺が大切だと思える人間達だ。その次に、この腐った世界の悪ではない奴らだ。
お前はどうだい?
悪魔に身を堕とした君は。
「ああ。願い下げだよ。こっちからお断り」
姫は優しく笑う。
「偽物はいらねーよ」
『お母さん‼︎ お母さんお母さん、お母さん‼︎』
翠……。私の大切な宝もの。
死にゆく私から、この子に言える言葉があるなら。
『今、お医者さん連れてくるから‼︎ だから、お願いだから‼︎』
ありがとう、必死になってくれて。でもね……。
死者の存在は生者を縛る。
「だから、せいぜい僕は縁の下で」
けれど、それより早く熾矢が追いついた。
「佳月! お前無駄に足速いんだよ!」
「熾矢君!」
竜に乗った少年は、まるで流星のように鬼の大群へ飛び込んだ。
「……君たちは死んじゃうじゃないか……」
もう誰も、死なせたくない。
『こんな思い』、させたくないんだ。
僕はこの街の守人たちの記憶を受け継いでいる。
彼ら彼女らの感情は、僕の中で永遠に渦巻き続けてる。
「……朱天童子を、殺さないと」
脳裏に焼きついている、美しい鬼の姿。
「そうしなきゃ、この戦いは永遠に続く——」
『お母さんっ‼︎ 駄目! 死んじゃ駄目! やだ、嫌だっ……! お母さん‼︎』
血溜まりの中から、最期の優しさで伸びてくる手。
『……翠』
最期の母の温もりを、呪いのように覚えている。
「……もう、終わりにしようぜ……」
姫は斬撃のために跳躍した。
「スイ——‼︎」
慄く異形へ、刀を。
……もし。
魔法の言葉が、あるとするなら。
多分、それは貴女が最期にくれた言葉。
「『産まれてくれて、一緒に生きてくれて、幸せだった』」
貴女は自慢の娘です。
死者の存在は、生者を生かす。
私も、お母さんが自慢だよ。産んでくれて、育ててくれて、愛してくれて、護ってくれてありがとう……。
幼過ぎたあの時に戻れるなら、それだけを伝えたい。
姫は、自分が着地したことを、軽い音で知る。
暫くしてから残心を解き、同時に目を開ける。
「……」
日本刀から、血が垂れている。
……こんなの、何も、言えたもんじゃないな。
目を閉じて逃げようとした時、
「……翠ちゃん」
微かに彼の声がした。
「……」
孤独で満ちた闇が忍び寄ってくる。
それももうどうでもいい。
翠は眼を覆う。
なんで、こんなことしちゃったんだろう。
なんでお母さんは、
なんで和磨は、
なんで碧は
なんで、
私の、大切な人。
こっそり戸棚からお菓子を盗んで、叱られて。
傘の飛沫をぶつけ合って遊んで。
馬鹿みたいなことで笑い転げて、息が苦しくなるまで笑い続けて。
昨日あったことみたいに、覚えているのに。
何年も前。
私の人生の半分ぐらい前。
そんなに前のことなのに。
名残惜しくて、映像は鮮明なままで。
記憶の中の彼らは笑顔なのに、私はそれを思い出したって笑えない。
もう、行かなくちゃいけない。
私はあまりに幼かった。
ずっと変わらないと思った。
早く大人になって、もっと楽しいことをしたいと思ってはいたのに。
大切な人はいつまでも側に居てくれると思ってた。そんな気がしていた。
なんで、みんなどこにも居ないの?
私、このままじゃ進めないよ。
「……怜」
手に、柔らかい手が触れる。
「ここに居ます」
心配そうな、青年の声がする。
彼の手の温もりが涙を誘発する。
「お前は、お願いだから、死なないでね」
ぽんと、頭に手が置かれた。
「翠ちゃんもね」
「……その呼び方やめろっての」
「うん」
「怪我してない?」
「君こそ。僕は……きっと、寝たら……寝たら、治るよ……」
「……なんでお前が泣いてるんだよ」
「難しい、質問だなぁ……」
「声、震えてんぞ」
「君もじゃない?」
「私は泣いてねーよ」
泣く資格があるのかすら、私にはもう。
「じゃあ、泣いたほうがいいよ」
私は、呪いのように、母の体温が消えていくのを覚えている。
「たくさん泣いた方がいいよ」
でも今は、君の体温が移ってくるばかり。
「怜……」
こんな私で、いい?
「悲しいことは悲しいって、言えた方がずっとずっと良いよ」
……そーかもね。
〈あとがき〉
https://kakuyomu.jp/users/fukaminoneco/news/16818792437345792619
ご興味があれば、上記の近況ノートに。
散文過ぎて読みにくいと思いますが……。
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